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2005年12月の6件の記事

2005年12月31日 (土)

インド:デリーの大晦日

再び戻ってきたインド・ニューデリーからお届けしているマカイバリ紅茶のブログ。
大晦日の今日、きっと日本では、大掃除や年賀状書きや紅白歌合戦で、大忙しなのでしょうね。


こちらデリーは、年末を全く感じさせず、淡々と日常が流れています。

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ヒンドゥー教の人にとっては、「ディワリ」がお正月なので、1月1日は「年が変わるおめでたい日」くらいのようです。そしておめでたい日には、みんなでパーティー。と言うことで・・・

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例によって、我が家の目の前にあるグルモハールクラブでは、今晩パーティーが行われます。


日本の我が家の大晦日の過ごし方は、朝から大掃除、そして年越しそばを食べながら家族全員で紅白歌合戦を観戦し、ゆく年くる年をしっかり観終わってから、除夜の鐘を合図に近くの神社に初詣に行きます。


しかし、お正月を目前に我が家の恒例行事から外されてしまった今年(正確に言えば昨年も)。
どうやら、衛星放送テレビの契約形態を変更すればNHKで紅白歌合戦を観ることができる、と聞き、業者に頼んだのですが、我が家の地域では申し込みから1週間ほどかかる、とのこと。泣く泣く諦めました。


そう言えば10年ほど前、家族でデリーに駐在していた頃、新しい物好きの母が、紅白歌合戦を聴くためだけに、日本から特別のラジオを買ってきました。大晦日の日、我が家に留学生が集まり、代わる代わるラジオのスピーカーに耳をはり付け、ザーザーという音の向こうからかすかに聴こえてくる日本の歌を必死になって聴いたものでした。


2005年を振り返ってみると、私は9ヶ月もインドにいたことになります。マカイバリ茶園には3度訪れました。
初めての長期駐在。その間、パキスタン地震デリー同時爆弾テロ、さらには我が家の倉庫に泥棒が入ったり、と初めての駐在にしては、随分と色々なことを経験しました。


また、8月から始めたこのブログでは、日々のインドを綴ることで、私自身が様々なことを学ぶ機会に恵まれました。毎日、たくさんのアクセスを頂けたことは、ブログを続けるだけでなく、デリーで生活していく上で、心の支えとなりました。

このブログを訪れて下さった皆さま、本当にありがとうございます。


どうぞ良いお年をお迎えください。
そしてまた来年、このブログでお会いできますことを楽しみにしております。


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2005年12月29日 (木)

インド:再びデリーへ

日本からニューデリーへ戻ってきました。
ニューデリーに住む日本人の人口が最も少なくなるこの時期、貴重な人口増加です。


成田からデリ−まで10時間のフライト。
旅行シーズンともあって、JALの機内はほぼ満員。驚いたことに、乗客の3分の1が日本人(殆どが団体旅行客)、3分の1がインド人(殆どがアメリカからのトランジット客)、では残りの3分の1がどこの国の人だったから分かりますか?


韓国の人たちでした。しかも大学生くらいの若者。
成田経由でデリーへ旅行するそうです。日本だけでなく、韓国でもインドがブームなのですね。
それにしても、学生の旅行と言えば、格安チケットの「エアーインディア」が主流だと思っていたのですが、韓国の学生は随分とリッチです。


さて、3週間ぶりのデリー。
飛行場から戻る車中、まだ意識がもうろうとしている中で感じたこと、「人が多いなぁ」、これが素直な感想でした。道路は外車でごった返し、至る所で工事が行われている。この人々の熱気と、購買力は、日本の雑誌で書かれている「立ち上がるインド経済」を近い将来、現実のものとしてしまうのだろう、と感じました。


それと同時に、そんなデリーに一人戻り、その熱気を感じられることを嬉しく思いました。たとえその日、東京オフィスで忘年会が行われ、「こんな日に一人インドに帰っちゃうなんて可愛そうだねぇ」とスタッフに言われていても・・・。

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2005年12月20日 (火)

この半年間で・・・

一時帰国中の東京オフィスからお届けしているマカイバリ紅茶のブログ。
帰国してから約一週間。皆さんから「帰って来たんだねぇ。お帰り」、と言って頂けて、半年間いない間に忘れられていなかったんだ、と嬉しくなります。さらに、「ブログ見てるよ」なんて言われてしまうと、恥ずかしいけれど、やはり嬉しい。


そしてさらに嬉しいことが!
私がいない間にマカイバリの名前は、着々と日本中に広がっていました。


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半年間で8冊も。
フードライターの方や料理研究家の方など、食のプロの方々が、コメントを寄せて下さっています。
さらには、オーガニック特集として4ページにもわたって茶園をご紹介くださったり、手みやげにはマカイバリ、とご紹介くださったり。マカイバリ紅茶は皆さんに大切にされているんだな、と改めて実感しました。


マカイバリを記事にして下さった方々に、心からの御礼を申し上げます。


掲載記事は、マカイバリジャパンのホームページにアップしましたので、是非ご覧になってください。


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2005年12月16日 (金)

故郷に戻ってきて

インドから一時帰国中の東京オフィスからお届けしているマカイバリ紅茶のブログ。


東京に戻ってからもうすぐ一週間。この一週間は自宅とオフィス、そして祖母が入院している病院、その3カ所を毎日行ったり来たりしていました。


久しぶりに歩く住み慣れた街、中野。東京を離れた6月は、通勤途中に猫達が挨拶をしてくれていたのに、今はもう寒いのかすっかり姿を見せなくなりました。


デリーではたまに住宅街を歩くこともありますが、外国人が歩いているだけで注目の的。それにオートリキシャにクラクションを鳴らされたり、牛の落とし物を踏みそうになったり、野良犬に追いかけられたり・・・とリッラクスして歩くことはできません。


デリーでは車での移動が中心です。念のため国際免許も持っているのですが、デリーの運転マナーの悪さは、最上級。車線は無視、隙間があればどこにでも割り込む、だから車間距離はあけない、だから衝突する・・・。さらにマニュアル車なのに、携帯片手に運転。神業です。


豪に入れば豪に従え。ヘタに私が日本式に運転するよりは、ここはインド人スタッフに運転をお願いした方が安全。と、言うことで、外出はいつも誰かと一緒でした。


半年ぶりに東京にもどり、日々の移動が徒歩に変わったこと、しかも誰の目も気にせず、一人で移動できることがとにかく嬉しくて、寒さも気にせずに歩いています。


もちろん、時々、野良牛や野良犬、野良豚たちが恋しくなることもありますが、日本にいるあと一週間だけは、彼らともバイバイ。しばし日本の街並を楽しみたいと思います。

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2005年12月12日 (月)

故郷より

インド・ニューデリーから・・・と始まりたいところですが、実は東京に戻ってきました。
私事での一時帰国です。


急遽戻って来なさい、との家族からの一言で、昼にチケットを購入し、5時間後には飛行機に乗っていました。


「急遽」と言う、その言葉に甘え、今回はなんと初めてJALの直行便を利用しました。
私はまだまだ若造なので、なるべく安いチケットを購入しています(しなくてはいけません・・・)。どんなに安くても、時間にルーズなエアーインディアだけはパスさせてもらい、いつもはタイ航空を利用しています。(私のチケットはデリー発券です)


タイ航空のネックは、バンコクでの6時間待ち。ほとんどの人は、この6時間待ちを避けるためにJALの直行便を利用していますが、かれこれ10年近くタイ航空で東京ーバンコクーデリーを往復している私は、このバンコクを「リハビリの場」として利用していました。


タイ料理を食べたり、おつりを間違えても「マイペンライ(タイ語で「気にしない」の意)」とさらっと言ってしまう、ほんわかした雰囲気の店員さんに接することで、日本でもマサラの国インドでもない、このバンコクの空港で、心と体を少しずつ次の目的地へと適応させていくのです。


しかし、今回はドアを開けるとそこは日本。正確に言えば、飛行機に乗った時から周りは日本人ばかり。6ヶ月も一人でインドにいた私は、少々緊張気味。座席は新しくて清潔だし、各席にはテレビが付いていて、たくさんのチャンネルから映画やビデオ、さらにはゲームまで自分の好きなように楽しめると聞き、大興奮!


久しぶりに観る日本の映画。お恥ずかしい話、あまりにも嬉しくて、約7時間の夜間フライト中、一睡もせずに映画を3本も観てしまいました。


6ヶ月ぶりに私を迎えてくれた成田の早朝の気温は1度。着の身着のままで帰って来た私の格好は、半袖Tシャツにカーデガン、そして薄手のマフラー。人と話をしても、インド仕込みの変なジェスチャーが勝手に出てきている・・・。ん、なんだか喋っている声のボリュームも大きくなっている・・・。6ヶ月間、一度も日本の地を踏まなかったからなのか、インドの地にあまりにも溶け込み過ぎていたからなのか、はたまたバンコクでのリハビリが無かったからなのか・・・。


今回は2週間ほどの滞在予定ですが、最初の内は「日本への適応」の日々に費やしそうです。

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2005年12月 7日 (水)

ダージリン白内障キャンプ:再び授かった光で・・・

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリ紅茶のブログ。
日本から持ってきた七輪で暖をとりながらお届けしています。

さて、マカイバリ茶園の工場長・マジュンデーブさんを覚えていらっしゃいますか。メルマガやホームページにも時々登場している人です。

マカイバリ工場長マジュンデーブさん


もしかしたら、昨年の白内障キャンプでの出来事を覚えてらっしゃって、「あぁ、あのマジュンデーブさん」と言って下さる方もいらっしゃるかもしれません。

昨年のエピソードはこちらをご覧下さい。

今回はマジュンデーブさんのお母さんが、その後、どのような一年を過ごされていたかをお伝えいたしましょう。

10年ほど前の白内障手術が原因で義眼となり、残された眼も長年白内障を煩い、殆ど視力を失っていたその眼が、米谷先生の手術によって再び息吹を吹き返したことで、お母さんの生活は一変しました。

まずは、子ども達の顔、孫達の顔をはっきりと見ることができ、家族一同が大喜びだったのは言うまでもありません。

マカイバリ茶園から4時間車で離れた村で一人暮らしをするお母さんは、それまでは家の中にこもりっきりでしたが、視力を回復してからは、今まで無沙汰していた友達の村々を渡り歩き、この一年はほとんど移動の年だったようです。

今回、米谷先生がカーシオンにいらした際にも、もちろんお母さんはいらっしゃっていて、米谷先生にプレゼントまで持って来て下さいました。なんとも温かそうなセーターです。

米谷先生とマジュンデーブさんのお母さん

「先生、ありがとうございます。この一年は殆ど家に居なかったので編み物をする時間がありませんでしたが、来年は是非、先生から頂いた眼を使って、先生に手編みのセーターをお贈りしたいと思います」。

マジュンデーブさんのお母さんの人生に、白内障キャンプが少しでもお役に立てたことを感謝せずにはいられませんでした。



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