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2006年12月の16件の記事

2006年12月31日 (日)

インドの大晦日

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンの
インド駐在日記。


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昨日、日本から持ってきた門松を飾りました。
(31日に飾ってはいけないそうで、ぎりぎりセーフで間に合いました・・・)


2006年も今日で終わり。
我が家ではNHKが映らないので、昨年同様、静かな静かな大晦日を過ごしています。


この一年を振り返ってみますと、2005年ほど大きなハプニングはなく、無事に過ごすことができました。まぁ、あえて挙げてみれば「屋根が飛んだ」事件でしょうか・・・。


人に恵まれ、出会いに恵まれ、充実したデリーでの一年でした。


このブログを始めてから一年半。日本だけでなく、世界各地からアクセスを頂き、また嬉しいコメントを頂戴し、ありがとうございました。ブログを続けていく上で、励みになっていました。


皆さま、どうぞ良き新年をお迎えください。
そして2007年、このブログでお会いできますことを楽しみにしております。

マカイバリジャパン@ニューデリー
石井博子


マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月30日 (土)

猫の年末

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンの
インド駐在日記。


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お久しぶりです。たまです。


次女は朝から慌しくお掃除中。何かあったのかしら。
(新しい年が来るんだよ)



ならばワタシも

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毛づくろい。


午後になって次女が騒ぎだした。
車が壊れたらしい。


ならばチャンス!
屋上に連れて行ってくれ~。

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はぁ~

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ぬっくいわぁ。




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ハラ干し。



その頃大家さんの犬も

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Zzz Zzz。



(キミたちは・・・)



ならば猫の手を

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どうぞ。


************************************************
2006年も残りわずか。
家の大掃除をしているのは日本人くらいで、
デリーの人たちは普段の週末を楽しんでいるようです。


マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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インドなクリスマス:ダライ・ラマ法王

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンの
インド駐在日記。

インドなクリスマス最終日
12月25日

前日、たまたま立ち寄ったアショカホテルで目にした看板。

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ダライ・ラマ法王がいらっしゃる!?


私は熱心な仏教徒ではないけれど、同じ時代に生き、この世の中で起こっていることへ彼が発信するメッセージに、心に響くものを感じていました。


是非、この講義に参加してみたい。
残念ながら参加することは無理でしたが、幸運にも主催者の方が
「ダライ・ラマ法王が会場に入られる時間に廊下で待っていなさい」
とおっしゃって下さったのです。




当日、1時間前から待機していた私たち(倉重暁さんとディパリ兄弟)。


まだだろうか、まだだろうか、と待ち焦がれていたその時、

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          ・
          ・
          ・
          ・

お付きの方々と談笑されながら、目の前を通っていかれたダライ・ラマ法王。ほんの数十秒の出来事でしたが、あの柔和な笑顔、太く響き渡る声が今でも私の脳裏に焼きついています。

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2006年12月29日 (金)

インドなクリスマス:インドの友達

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンの
インド駐在日記。

もう年末になってしまいましたが、もう少しお付き合いください・・・。

インドなクリスマス第2日目
12月24日


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クリスマスだし、ご飯を食べに行こうよ!
と、誘ってくれたのは、私がインドで最も仲良くしている家族。

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右手前が大親友のディパリ。
その隣が倉重暁さん。
左側はディパリの弟たち。

ディパリ家族とは何十年来の家族ぐるみのお付き合い。
彼女とは歳が近かったり、ともに家族経営の中で働く身だったり、それになんと言っても、初対面の人でも「あなたは結婚していますか?」と堂々と聞いてくるインド文化の中で、たくましく生きている「働く独身女性」同士、または戦友同士として、気の置けない親友同士なのです。

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歌はやっぱりヒンディーソング。クリスマスなのに、クリスマスソングを一曲も歌わなかったところがゴーイング マイ ウェイでよろしい。



油たっぷりのインド料理の後、彼らが連れて行ってくれたのがこちら

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屋台のタバコ屋。


えっ、ディパリはベジアリアンなのに、タバコを吸うの?

違うよ。パーンを買うの。


「パーン」とは、食後の消化促進に噛む香辛料。

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パーンの葉に

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香辛料を塗り、巻いたもの。
香辛料は好きなものをオーダーします。


今までパーンは「噛みタバコ=ニコチンの固まり」だと思っていたのですが、ベジタリアン用のパーンも存在するようです。

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ヒロコ、さぁどうぞ。


へ? 嫌だ。絶対嫌だ。
の叫びもむなしく、パーン初体験。


※#★$*△!
うわっ、デリーの飛行場の香りだ~。

あまりの味にコメントも動揺ギミ。


パーンは本来、葉で包んだ香辛料を口の中に染み渡らせ、ぺっと口から吐き出すらしいのです。
が、私はそんなのも知らず、周りがすすめるがまま全部食べてしまいました・・・。



インドなクリスマス第2日目。
親友に囲まれ、それこそ「インドなクリスマス」を過ごしました。


マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月28日 (木)

インドなクリスマス:ナガランド

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンの
インド駐在日記。

インドなクリスマス第1日目
12月23日

私に記念すべき友達ができました。

何が「記念すべき」か、と言いますと、
生まれて初めて「ナガランド州」出身の友達ができたのです。
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画像をクリックすると拡大します。


ナガランド州はインドの北東部。地図の右端です。
ミャンマーと国境を接しています。

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私の新しい友達となったエリザベス(左)。
JNU(ジャワハルラル・ネルー大学)の博士課程で、女性学(特に、ドメスティック・バイオレンス)について研究しています。

エリザベスと出会えたきっかけは、マカイバリ茶園に5ヶ月滞在し、先日デリーに戻ってきた倉重暁さん。暁さんが親しくしていたカーシオンの友人の友人がエリザベスだったのです。


今日はエリザベスのいとこ、ノエルのお誕生日パーティー。

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日本人にそっくり!


インド北東部にはモンゴロイド系の人々が多く、国境も様々な国と接しているので、
「インドの人=濃厚な顔」
とはまた違った人々が住んでいるのです。

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生まれて初めてのナガランド料理。
左からダール(豆カレー)、茹でたほうれん草、筍の炒め物、豚のカレー、薬味。

豚のカレーと言っても、ナガランドの特産「アニシ」と呼ばれる香辛料で味付けしてあり、塩っ辛いのが特徴です。また、ナガランド料理では塩茹でした野菜を毎食食べるそうで、緑の湯で野菜を必ず添えます。



実は・・・私が抱いていた「ナガランド州」のイメージは、もっともっと原始的なものでした。デリーに入ってくるナガランド州の情報と言えば、ほとんどが民族衣装だったり、工芸品のようなもので、そこに飾ってある写真も、森の中で民族衣装を着た人が写っているものでした。


ですので、最初彼女の名前を聞いた時、「エリザベス・・・???」と思ってしまったのです。まったくの勉強不足でした。


エリザベスによると、ナガランド州には数多くの部族の人が、今でも伝統的な生活スタイルで生活しています。それぞれの部族には母語があり、同じナガランド出身者でも言葉が通じないことが多々あるようです。様々な部族が生活するナガランドですが、その住民のほとんどは、1800年代にイギリス人の宣教師によってキリスト教に改宗しました。その後、イギリス植民地下の影響もあり、ナガランドの公用語は英語となっているのだそうです。


新しい友達ができた喜び、そして改めてインドの大きさ、その多様性、歴史を学んだクリスマス第一日目でした。


ナガランドの詳しい情報は
ナガランド州政府公式ページでどうぞ


マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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インドから久々の更新

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンの
インド駐在日記。


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すっかり更新が滞ってしまい、申し訳ございません。
皆さまのご心配をよそに(?)、インドならではのクリスマスを楽しんでおりました。

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マカイバリ茶園に5ヶ月滞在していた倉重暁(くらしげ・あき)さんがデリーに戻り、2人でいろいろな人に会いました。

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23日~25日まで、それはそれは、思い出深いクリスマスでした。

なんと25日のクリスマスには、私にとってビッグなプレゼントが!!!
まさかこの方にお目に掛かれるとは思ってもいませんでした。


そんな「インドなクリスマス」を、更新が滞っていた分、ピッチをあげてお届けいたします。どうぞお楽しみに!

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月22日 (金)

看板に秘められたメッセージ

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在日記。

冬になるとめっきり雨が降らなくなるインド。
デリーではこの数ヶ月、雨が降っていません。

インドの雨期は、7月半ばから9月初めごろ。モンスーンとよばれます。
バケツをひっくり返したような雨が毎日降り、国内の水の供給はこの季節に確保されます。

日々、水の確保をしなければならないデリーでの生活。
(詳しくは朝一番にする仕事をご覧ください)

デリーの街にはこんな看板が登場しました。

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”節水にご協力を”

■歯を磨いている時には水を止めましょう。

■シャワーは3分以内に、またはバケツに水を溜めて入りましょう。

実は、この看板には「水を大切にしよう」と言うメッセージの他に、もう一つメッセージが隠されています。

ヒンディー語でも、その他の言語でもなく、英語でかかれたこの看板の本当の意味。
それは、贅沢に水を使う外国人や、英語話者(日常生活で英語を使うインドの人=富裕層)に向けたものなのです。

多言語の国、インド。
公用語は18あり、その他に100ともそれ以上とも言われる言語が存在しています。この無数の言語の中には、文字を持たない言語も含まれています。

生活スタイルによって、使用する言語が変わるインドの人々。
どの言語で、どんな手段でメッセージを伝えるか、まさに多種多様なのです。

う~ん、インドは奥深い!

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月21日 (木)

このマークの意味は

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在日記。

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突然ですが、上のマークの意味、分かりますか?


インドではよく見かけます。
州に関係なく、この広いインドで統一して使われています。
インドの人にとっては、とても大切なマークです。

ヒント1
食品売り場で見かけます。


ヒント2

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ジャムは緑で

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ハムは赤。

紅茶は緑。
チーズも緑。


日本からの輸入食品は、ほとんど赤です。
ふりかけも赤。



そろそろお分かりですか?



答えは、

ベジタリアン(菜食主義)の食品か、ノンベジタリアンの食品かを識別するマークです。

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赤がノンベジタリアン
緑がベジタリアン

日本の食品がほとんど赤なのは、鰹節が入っているから。


インドでは宗教上、または自主的にベジタリアンの人がいます。そのような人へ配慮するため、インド政府は販売される食品のパッケージに、これらの識別マークを印字することを定めたのです。


ベジタリアンのマークが貼られたオレンジジュースを見ると、「けな気だなぁ」なんて思ってしまいます・・・。

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月19日 (火)

植民地時代からのピアノ

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在日記。

今日は久しぶりにデリーの中心街、コンノートプレースに行ってきました。

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「あっ、そうだ!」と立ち寄ったのがこちら

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楽器屋さんです。

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店内には所狭しと、インドの楽器が並べられています。
でも、今日の目的はこちら

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ピアノです。

実は15年ほど前、インドでピアノを習っていた時期があり、その時お世話になったのがこちらのお店でした。当時のインドは、輸入に対してようやく鎖国を解き始めた時期でしたが、ピアノの輸入は皆無でした。

もちろん店頭に新品のピアノが並ぶことはなく、すべて中古品。輸入ができず、国内のピアノ台数は限られていますので、すべて「レンタル」での提供だったのです。

あれから15年。ピアノ業界はどうなったのかなぁ、とふと思い立ち、こちらへ足を運んだのでした。

今は、新しいピアノが手に入るのですか?
もちろんさ!
と、自慢げに見せてくれたのがドイツからの輸入品。

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ブランド名は「シュタイナー」。
やけに親近感をおぼえたりして・・・。

日本からYAMAHAも輸入しているよ!

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おぉぉ。YAMAHAだ。

最近は、ごく一部のインドの家庭で、子どもたちにピアノを習わせるようになったそうです。ちなみに、シュタイナーとYAMAHAは、ともに3ラックルピー。日本円で約80万円。レンタルの場合は月々約3万円だそうです。(私がレンタルしていたピアノは、月2000円でした)

ふと後ろを振り返ると

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15年前に私がレンタルしていたような、古いピアノがありました。椅子に座るとヨロヨロと傾き、鍵盤をたたくと、ぼわ~んと低い音が。

あぁ、懐かしい。
私が使っていたピアノも、「ド」の鍵盤をたたくと「ラ」の音がでていたっけ。

調律師のおじいさんに直してほしい、と頼んでも、
「無理だよ。この弦はとても古いから、これ以上引っ張ったら切れてしまうんだ。そうしたら弦はインドで手に入らないから、この音は出なくなってしまうんだよ」。

そう言って、おじいさんのおじいさんの代から使っている、調律の器具を使って、慎重に弦を張っていたことを憶えています。

インドがピアノの輸入に規制をかけていた頃、国内で使われていたピアノは、イギリス人が植民地時代にヨーロッパから船で持ち込んだものだったのです。インドが独立した後、ピアノはインドの人によって大切に使われ、約100年がたった今でも、インド各地で現役で活躍しています。


インドの人は古いものを継承していく文化を大切にしています。ピアノ業界に新しい風が吹きつつも、たくさんの人に弾き継がれたピアノを、末永く愛用していってもらいたい、と思いました。

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月18日 (月)

インドのカレーうどん

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在日記。

インドを何度も旅した人でも、この料理を食べたことはないだろう。なんせ、デリーに住んでいるインドの人だって知らない料理だもの。

と、最初からずいぶん期待を持たせてしまいましたが、今日ご紹介するのは、インド南部ゴア州の家庭料理、「ゴアうどん」です。(インド名が分からず、私が勝手に命名しました・・・)

ゴアは海がきれいな街で、一時はポルトガル領になっていました。フランシスコ・ザビエルが埋葬されている教会もあります。

インドでうどん? と思われるかもしれませんが、ゴアでは「うどん」を食べるそうです。

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我が家で働いているアドリンはゴアの出身。うどんは、インドの粉から作った手打ちうどんです。

そして、このうどんにかけるのが

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特製のカレー。
カレーと言っても北インドのような、ツンとくるスパイシーなものではなく、ココナッツミルクをふんだんに使った、タイカレーのような味です。

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もちろん、これだけでも十分においしい。
でも、このおいしさを、これでもか、とおいしくしてくれる仲間がいます。

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手前左から、ねぎ、揚げたスナック、レモン、揚げにんにく、赤唐辛子の粉、卵、コリアンダー。

この薬味を盛ると

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見た目も味も、おいしさ倍増。

この「ゴアうどん」、我が家で手打ちうどんを作っている時にアドリンが「ゴアでもうどんを食べますよ」、の一言がきっかけで、今ではすっかり我が家の定番メニューとなりました。最初は、日本のうどんにインドのカレーをかけることに違和感がありましたが、食べてみてびっくり。これこそ本場の「カレーうどん」だったのですね。

「インド料理」と言えば、カレーやナン、それにタンドリチキンが代表的ですが、実はこんな隠れメニューもあるのです。

デリーの南インド料理レストランでこの「ゴアうどん」を探しましたが、未だ見つけたことがありません。もしかしたら、ごく限られた地域(または村)の家庭料理なのかもしれません。

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月15日 (金)

待ち遠しい金曜日

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在日記。



金曜日と言えば・・・

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「ナマステ~。オーガニック野菜のお届けです」



待ってました!
私の一週間分の野菜が到着です。

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トマト、きゅうり、ブロッコリー、なす、ピーマン、レタス、コリアンダー、ねぎ、大根、にんじん、ほうれん草、ミント、


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グリーンピース、いんげん、青唐辛子、


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じゃがいも、たまねぎ、しょうが、にんにく、ライム。


全部オーガニック野菜です。
(一週間でこんなに食べられるの?とご心配の声も聞こえてきそうですが、結構平気でたいらげてしまうのです・・・。自分でもすごいと思います)

この宅配は、種子運動で世界的に有名なDr. バンダナ・シヴァが主宰するNGO「NAVDANYA・ダブダニヤ」が運営しています。ナブダニヤは、インド在来の種子を使ったオーガニック農家を普及するため、インド全土でオーガニック普及活動を行っています。

マカイバリジャパンとDr.シヴァとの出会いは、2002年にさかのぼります。Dr.シヴァが自然農法家・福岡正信先生をインドへお招きした際、デリーでの滞在を弊社でお世話をさせていただいたのです。

私は、福岡先生とお弟子さんの本間裕子さんが講義をされる、デラドゥーンでの研修にも参加し、世界中から集まった約60人の若者が、福岡先生の農法を熱心に聞き入っていたことを今でも鮮明に憶えています。インドだけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、さらにはニュージーランドからも、福岡先生に会うために若者がインドに集まりました。

福岡先生はその後、マカイバリ茶園にもいらしてくださり、先生の長年の大ファンであった茶園主ラジャさんと「農法」について熱心に議論を交わしてくださいました。
福岡先生のマカイバリ茶園訪問レポートはこちらからどうぞ

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オーガニックのトマトは甘い。

海外の新しい文化や技術を柔軟に受け入れる一方で、インド各地では、政府やNGOが率先して職人や農家、伝統技術を守り継ぐ活動を盛んに行っています。オーガニック食品ブームも、NGOを中心に広がりをみせています。

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早速、じゃがいも、たまねぎ、にんにく、コリアンダーをふんだんに使って、「パラータ」(具入りチャパティー)にしていただきました。

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月13日 (水)

インドでクリスマス

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在日記。

我が道をゆくインドに大きな変化がありました。

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私が日々通うカーンマーケットに突如出現したのが、このクリスマス・バザール。日本でクリスマス商戦が始まるずっと前の10月半ばから、この店はすでにクリスマス一色。


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これは私にとって大きな驚きでした。

インドでは11月初旬から中旬にかけてヒンドゥー教のお祭り「ダセラ」や「デュワリ」があり、これはちょうどインドのお正月にあたります、この時期はインド国中が最も沸き立ち、官公庁もオフィスも休みになり、人々はいつもは会えない親戚に大きなプレゼントを持って旅行に出かけるのです。


大きなお祭りが終わり、一仕事を終えた感じのこの時期、クリスチャンの人以外はなんとなくクリスマスが過ぎていっていました。もちろんホテルやレストランは、雰囲気作りにクリスマスデコレーションをしていましたが、今回のような「クリスマスショップ」は見たことがありませんでした。



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入り口では「Hello♪ Welcome!!」とサンタがお出迎え。


そう言えば、2003年の白内障キャンプのレポートでこんなことを書いていました。


「今回10年ぶりにニューデリーでクリスマスを迎えるわけですが、街中のお店やいたるところの看板には「Merry Christmas & A Happy New Year!」と書かれていて、ニューデリーも西洋化してきたのを感じました。」


と、デリーが変化している驚きを書いています。でも、その時はとても簡素な看板で、その看板と人々が「クリスマスを楽しむこと」とは決して結びついてはいませんでした。

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この数年で大きく変化しているインド。
日本で「IT大国」と騒がれている以上に、一般の人々の生活は確実に変わりつつあります。

デュワリの後にクリスマスを楽しむことが一般化する日も、そう遠くはありません。

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2006年12月11日 (月)

白内障キャンプ:最終日

キャンプ3日目、最終日。

昨日手術した17人の術後診察をします。

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個々に違うアフターケアーの方法を、ゴッシュ先生に伝えます。術後感染を防ぐためにも、アフターケアーの方法を真剣に聞くゴッシュ先生(中央)とチャタジー先生(左)。

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病室から病室へ。日本から持参した診察の器械を手に、足早に移動です。

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術後診察を待つ母娘。米谷先生の診察の前に、お母さんの身なりを整えてあげていた娘さんがとても印象的でした。

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大人にまじって、この子もいました。最初は怖がってなかなか眼を開いてくれませんでしたが、最後はしっかりと眼を開いてくれました。昨日まで見えなかった眼が、米谷先生の動かす指を追っていました。今後、ゴッシュ先生と「見る訓練」をしていくことで、視力が少しずつ回復していく可能性がある、と米谷先生がおっしゃっていました。

初日の10人、そして2日目の17人全員は術後の回復もよく、全員手術の次の日に退院することになりました。これで4年間で延べ102人が、感染症もなく、また視力回復の障害もなく、新たな瞳とともに新しい生活をスタートしたことになります。

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閉会式には眼科チーム、麻酔科チームのほかに、このキャンプに興味を持ってくださった病院スタッフの方々が参加してくださいました。

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眼科チームの看護師さんたちから、先生に感謝と祝福の気持ちを込めた黄色いレイとプレゼントが贈られました。

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左からチャタジー先生、マカイバリ茶園主バナジー氏(ラジャさん)、米谷先生、カーシオン病院長のマリック先生、ゴッシュ先生。

マリック先生が閉会式でおっしゃった言葉がとても印象的でした。

「多くの犠牲を払い、このキャンプを毎年継続してくださる米谷先生に感謝します。また、米谷先生とカーシオン病院を引き合わせてくださったマカイバリ茶園の人たちに感謝します。眼科チーム、麻酔科チーム、どんなに遅くなっても笑顔でチャイを運んでくれたキャンティーンのスタッフたちに感謝します。そして、このキャンプが行われていた48時間、停電することなく手術に必要な電力を送り続けてくださった政府の電力部門に感謝します。このキャンプが、多くの人によって支えられていることを、どうか忘れないでください」。

今回私たちは、細々と始まったこの白内障キャンプが、カーシオンの街を越え、車のこない山奥の村にまでその噂が広がっていることを知りました。このキャンプの27人目の患者さんは、村の人と病院のスタッフがストレッチャーでかつぎ、山から運ばれてきたのだそうです。人を助けることに労力を惜しまないダージリンの人に心が熱くなりました。この患者さんは白内障だけでなく他の症状もあったため、米谷先生は特別の手術をしてくださいました。術後診察の際「今回は特別のレンズがなかったので、今は眼鏡が必要ですが、次回私が来たときにはもう一度手術しましょう。眼鏡がなく、しっかりと眼が見えるようになりますから」、とおっしゃってくださいました。米谷先生の温かいお人柄に感謝せずにはいられませんでした。

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また来年お会いしましょう。

多くの人に支えられ第4回目のダージリン白内障キャンプが幕を閉じました。米谷先生、カーシオン病院の方々はじめ、私どもの活動にご賛同くださった14社の企業の皆様に心からの感謝を申し上げます。そして応援のメールをくださった皆様方に感謝申し上げます。

第5回目を迎える2007年のキャンプに向け、日本側ではすでに準備が始まりました。

協賛企業
プレスリリース(2003年版)
2003年第1回ダージリン白内障キャンプ
2004年第2回ダージリン白内障キャンプ
2005年第3回ダージリン白内障キャンプ
埼玉医科大学眼科学教室のホームページ

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月 8日 (金)

白内障キャンプ:手術を終えて

キャンプ2日目の夜10時半。
27人全員の手術を無事に終えました。

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米谷先生とゴッシュ先生にも、ようやく笑みが戻りました。
写真左奥は病院長のマリック先生。手術が終わるまでずっと待っていてくださいました。

そして私たちを待っていたのは

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大ご馳走!

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できたての甘いチャイに

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手作りのモモ(ネパール風餃子)、それに熱々のスープ。
毎年の現地レポートにも登場してくるモモは、昼から何も口にしていなかったスタッフ全員にとって、これ以上ないご馳走です。

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最後にもう一度みんなで。
大仕事を終え、みんな笑顔です。

荷物を片付け、マカイバリ茶園に戻ったのは夜の12時を周っていました。茶園主バナジー氏(ラジャさん)も奥様のシュリパさんも、私たちが戻るのをずっと待っていてくださいました。

つづく・・・

協賛企業
プレスリリース(2003年版)
2003年第1回ダージリン白内障キャンプ
2004年第2回ダージリン白内障キャンプ
2005年第3回ダージリン白内障キャンプ
埼玉医科大学眼科学教室のホームページ

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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2006年12月 7日 (木)

白内障キャンプ:小さな小さな患者さん

手術2日目。
この日、白内障キャンプが始まって以来、最も大掛かりな手術が行われました。

患者さんは4歳の女の子。両眼が白内障になり、失明状態。白内障は年齢を重ねてから患うもの、と思っていましたが、遺伝や体質によって赤ちゃんの時から患う可能性があるのだそうです。

通常の患者さんには点眼麻酔でしたが、この女の子には全身麻酔での手術が行われることになりました。

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手術室には麻酔科チームも加わり、セッティングが始まります。

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助手を務めるDr.ゴッシュと綿密に打ち合わせ。

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手術チーム全体と最終確認。

そして手術開始。

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いつも以上に、張り詰めた空気の中、手術室には器械の音だけが鳴り響きます。

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手術中、女の子の呼吸は麻酔科の先生によってコントロールされます。全身麻酔によって呼吸も止まってしまうので、手動ポンプで空気を送り込むのです。

両眼の手術が終わり、麻酔が醒めると、手術室には再び女の子の泣き声が響きわたりました。小さな小さな体でよく耐えてくれたね。女の子の泣き声を聞き、スタッフ一同安堵の笑みが浮かびました。

つづく・・・

協賛企業
プレスリリース(2003年版)
2003年第1回ダージリン白内障キャンプ
2004年第2回ダージリン白内障キャンプ
2005年第3回ダージリン白内障キャンプ
埼玉医科大学眼科学教室のホームページ

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2006年12月 1日 (金)

第4回ダージリン白内障キャンプ:手術

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在日記。

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ダージリン白内障キャンプの舞台は、インド・ウェストベンガル州ダージリン地区のカーシオン病院(政府系)。

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紅茶農園が数多く集まり、ユネスコ世界文化遺産に登録されているヒマラヤ鉄道「トイトレイン」の駅もある、このカーシオン(Kurseong)の街で唯一の総合病院であるカーシオン病院には、毎日多くの患者さんが訪れます。

”白内障手術の機会に恵まれなかった人へ、マハラジャ(最高級)の手術を”

のコンセプトで、埼玉医科大学眼科学教室・主任教授 米谷 新先生と、14社の企業の皆様のお力添えをいただき始まった”ダージリン白内障キャンプ”は、現在では約300人の患者さんが手術を希望しているそうです。

その中でも、最も症状の重い約25人が、毎年手術を受けることができるのです。

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手術前日。
現地ドクターが選んだ27人を、米谷先生が診察します。

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手術当日。
初日はまず10人。
日本から持ち込んだ手術器械(手術用顕微鏡、超音波器械)のセットアップ、

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手術道具の滅菌消毒を、現地ドクター、ナースと一緒に行います。

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手術はすべて米谷先生が行い、現地ドクターのDr.ゴッシュは、補助顕微鏡から米谷先生の手術を見ながら助手をします。

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手術を受ける患者さんのデータは出入り口に貼り、手術の始めと終わりに患者さんの名前を確認し、マークをつけていきます。
写真左は病院長のDr.マリック。中央はDr.ゴッシュ。白内障キャンプの中心人物です。右手前は、12月からカーシオン病院に赴任予定のDr.チャタジー。Dr.チャタジーは、この白内障キャンプを見学するだけのために、コルカタからいらっしゃったそうです。

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一人が終わって、またひとり。手術は淡々と進められていきます。
手術中の米谷先生は、手と足(顕微鏡の操作)を静かに動かす以外、微動だにしません。初日に10人、次の日に17人。昼食の休憩以外、朝から夜10時まで、キーンと張り詰めた緊張感の中、手術は続けて行われていきました。米谷先生の集中力、スタミナ、プロ意識に、誰もが感心せずにはいられませんでした。

つづく・・・

協賛企業
プレスリリース(2003年版)
2003年第1回ダージリン白内障キャンプ
2004年第2回ダージリン白内障キャンプ
2005年第3回ダージリン白内障キャンプ
埼玉医科大学眼科学教室のホームページ

マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

たくさんのコメントをありがとうございます。お返事に、今しばらくお時間をください。本当に申し訳ございません。

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