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2008年9月20日 (土)

デリーの遺跡 5-2 キリジ・シリ (Khilji-Siri )2nd city of Delhi

インド・ニューデリー駐在員がお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在ブログ。

インドに出張中の石井洋子がお届けします。


キリジ・シリ国の支配者アロウディン(Allauddun)は、
カーストの低いトルコ・キリジ族でした。モンゴル族の
襲撃に備えて多くの城壁をつくり、大学をつくり、
モスクをつくり・・、30年間のキリジ・シリ国の治世でし
たが、偉大な統率者として名が伝わっています。

この頃の中央アジアはトルコ部族が、侵攻してきてそれ
ぞれに国をつくっていた時期でした。キリジ族と常に対抗
していたのが、トルコ・ガリ族(GHARI)でした。中央アジア
では常に敵同士で戦ってきた間柄です。

トルコ・ガリ族は、王家の血をひく高貴な部族です。
この頃はインドのパンジャビ(Panjab)地方を統治していました。

キリジ・シリ国アロウディンの息子が、低いカーストの
ヒンドゥ教徒の召使の男と親しい仲になっていることが
発覚して、トルコ・ガリ族は報復をかねてパンジャビから、
キリジ・シリ国を攻めて1320年に征服をします。
征服者はトルコ・ガリ族で、ツグラク(Tuglak)です。

ツグラクの統治は1321年から1414年まで11人の子孫に
引き継がれていきますが、1321年の最初の統治は3人の
息子によってそれぞれにデリーで都市を造ります。

デリーの3rd Cityf 、4th City、 5th City、と呼ばれて
いる都市です。
                (続く)

Photo_2
≪イスラム教の大学。ハウスカス・ビレッジの貯水池に面してあります。≫


2_3
≪聖人 マグドム・シャーのお墓( Tomb of Saint Magdoom Shah)≫

Photo_4
≪城壁≫

Hana_2
≪シリ・フォート遺跡の公園を歩いていましたら、清清しい、
まろやかな香りがするので、近づきましたら上記の花が
散っていました。大木にこのような繊細な花が咲いていた
のでした。あまりにも美しいので帽子の中にいれて持ち帰
りました。≫

Hana_115
≪上記の花の木です。名前はわかりません。≫

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