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2008年9月23日 (火)

デリーの遺跡 6-1ツグラカバド(Tugulakabad) 3rd City of Delhi

インド・ニューデリー駐在員がお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在ブログ。

インドに出張中の石井洋子がお届けします。

ツグラク(Tuglak)は、1321年から1414年まで11人の子孫によって
引き継がれていきます。イスラム教の君主をサルタン(sultan)と呼び、
最初は3人の息子のサルタンによりデリーの3箇所で、都市つくりが
行われます。下記の通りです。

1)ツグラカバド(Tugulakabad) 3rd City of Delhi
1321年~1325年
   サルタン・ツグラク・シャー(Tuglak Shah)

2)ジャハンパナ&アディラバド要塞(Jahanpanah & the fort of Adilabad)
 4th City of Delhi Adilabad
  1325年~1351年
サルタン・モハンバド・ビン・ツグラク(Mohammed-Bin-Tuglak)

3)フェロザバド都市 (The city of Ferozabad)
5th City of Delhi
  1351年~1388年
サルタン・フェロズ・ツグラク(Feroz Tuglak)
 
その後1414年まで11代続きます。

≪ツグラカバド(Tugulakabad) 3rd City of Delhi について≫
デリー第3の都市は、ツグラク・シャー サルタンによって造られます。
非常に頑丈で、丈の高い、大きな城壁で周りを囲み、自然の水源を
確保した立派な都市でした。


     Tughlakabadwalkways
(ツグラカバドの城壁)

Tughlak_tomb2
(ツグラカバドのモスク)

Img_0013
(ツグラカバドのモスクの内部も非常に頑丈につくられています。)

Img_0104
(城壁の前で。大きな城壁であることがわかります。)

Photo
(デリー大学の学生たち。デリーの遺跡が壊されてなくならいうちにと、
毎週あちこちの遺跡を写真に撮影して、保存の資料にしている
学生さんたちです。チャイ屋で遺跡の情報交換をしました。若い人たちの
努力で今後も遺跡が保存されていくことを望みます。)

Photo_2
(遺跡の前で散髪屋が開業されていました。デリーの風物です。)

                                            続く

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