デリーの遺跡 6-1ツグラカバド(Tugulakabad) 3rd City of Delhi
インド・ニューデリー駐在員がお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在ブログ。
インドに出張中の石井洋子がお届けします。
ツグラク(Tuglak)は、1321年から1414年まで11人の子孫によって
引き継がれていきます。イスラム教の君主をサルタン(sultan)と呼び、
最初は3人の息子のサルタンによりデリーの3箇所で、都市つくりが
行われます。下記の通りです。
1)ツグラカバド(Tugulakabad) 3rd City of Delhi
1321年~1325年
サルタン・ツグラク・シャー(Tuglak Shah)
2)ジャハンパナ&アディラバド要塞(Jahanpanah & the fort of Adilabad)
4th City of Delhi Adilabad
1325年~1351年
サルタン・モハンバド・ビン・ツグラク(Mohammed-Bin-Tuglak)
3)フェロザバド都市 (The city of Ferozabad)
5th City of Delhi
1351年~1388年
サルタン・フェロズ・ツグラク(Feroz Tuglak)
その後1414年まで11代続きます。
≪ツグラカバド(Tugulakabad) 3rd City of Delhi について≫
デリー第3の都市は、ツグラク・シャー サルタンによって造られます。
非常に頑丈で、丈の高い、大きな城壁で周りを囲み、自然の水源を
確保した立派な都市でした。

(ツグラカバドのモスクの内部も非常に頑丈につくられています。)

(デリー大学の学生たち。デリーの遺跡が壊されてなくならいうちにと、
毎週あちこちの遺跡を写真に撮影して、保存の資料にしている
学生さんたちです。チャイ屋で遺跡の情報交換をしました。若い人たちの
努力で今後も遺跡が保存されていくことを望みます。)

(遺跡の前で散髪屋が開業されていました。デリーの風物です。)
続く
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