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2008年10月10日 (金)

デリーの遺跡 10-3  ムガール王朝(Mughal rule) 番外編  バハンダル・シャー・ザハー(Bahandur Shah Zafar)

インド・ニューデリー駐在員がお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在ブログ。

インドに出張中の石井洋子がお届けします。

1857年、英国はデリーの北インドのほとんどを傘下に
おさめていました。詩人でもあったムガール王朝の最
後の王バハンダル・シャー・ザハー
(Bahandur Shah Zafar)は、英国と戦うこともなく、
城を明け渡します。
そしてビルマのラングーン(Rangoon)に国外追放に
なります。

英国はレッドフォートのカシミール門から場内に入って
きました。
バハンダル・シャー・ザハー(Bahandur Shah Zafar)王
が国外追放になったレッドフォートに英国国旗を掲げた
のでした。

バハンダル・シャー・ザハー(Bahandur Shah Zafar)王が、
その後50年近くをビルマで過ごし、亡くなるまでに
多くの詩を残しています

亡くなる前の詩2編です。

" How unlucky is Zafar
To bury his old body
Not 2 metres of land was there
In the country he loved most"

ザファーがもっとも愛している国に
彼の老いた身体を埋葬するための
2メートルの土地もそこにはないのだ
なんと不運なザファーなのだ.。

"When I die ,make for me
a small tomb, for my desires
Large tomb for my body"

私が死んだら、私の願望のために
小さなお墓をつくってください。
私の肉体をおさめるために
大きなお墓をつくってください。


Photo_4
≪ジャマリーカマリ(Jamali-Kamali)のお墓の中。彩色がきれいです。≫


Photo_6
≪ジャマリーカマリ(Jamali-Kamali)のお墓の中。≫

Photo_7
≪ジャマリーカマリ(Jamali-Kamali)のお墓の中の美しい模様≫

Photo_8
≪ジャマリーカマリ(Jamali-Kamali)のお墓の中の美しい模様≫

Photo_9
≪デリーから少し離れるだけで、こんな田園風景が残されています。≫


Photo_4
≪大木も多いのです。≫

                                    続く


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