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2009年4月の1件の記事

2009年4月 3日 (金)

3代目茶園主ご夫妻の訃報

インド・ニューデリーからお届けしているマカイバリジャパンのインド駐在ブログ。


本日は悲しいお知らせです。


現マカイバリ茶園主ラジャさんの実のご両親である、マカイバリ茶園3代目茶園主ご夫妻が、相次いで他界されました。

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1930年代 結婚間もない頃の3代目ご夫妻


ラジャさんのご両親は、コルカタにお二人で住んでいらっしゃいました。
もともと心臓を煩っていらっしゃったお母様が集中治療室に入院されたので、その日はお父様と、マカイバリ茶園から急遽駆けつけるラジャさんご夫妻で、一緒に病院へお見舞いに行く予定でした。

しかし、コルカタの空港からお父様のご自宅へ向かう途中、お父様が突然お亡くなりになられた、と電話が入ったのです。


いつもの日常を過ごし、息子夫婦が到着するのを待ちながら、いつもの夕方5時のお茶の時間を過ごしていたお父様。側にいたお手伝いさんも気がつかないほど、椅子に座ったまま眠るように息をひきとられました。
2009年3月17日。92歳、老衰でいらっしゃいました。


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1970年代、イギリスから帰国した息子(現4代目茶園主ラジャさん)と


1945年。マカイバリ茶園にガテマラグラスを持ち込み、すべての茶畑でマルチングを導入した3代目茶園主P.N.バナジー氏。ダージリンの紅茶農園の中で、抜きん出て雨量の少ないマカイバリ茶園では、60年以上がたった今でもマルチングが実践され、2009年の記録的な大旱魃の中でも、マカイバリ茶園では見事な新芽が芽吹いています。


そして1970年代。農薬や化学肥料を使うことが最先端だった当時、イギリス留学から帰国した息子が突然言い出した有機農法への転換。3年の歳月をかけて説得させられた父親は一大決心をし、息子(現4代目茶園主)へ茶園を渡し、有機農法へ切り替えることを承諾したのです。マカイバリ茶園にとって、大きな大きな転機でした。


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1960年代、末娘のアナンニャと


茶園を離れた80年代、ご夫婦でコルカタへ移り、マカイバリのコルカタ・オフィスを監督されました。

お母親のお見舞いに来たのに、突然のお父親の他界。
ラジャさんは動揺を隠せず、深い悲しみに打ちひしがれていました。
3月27日に執り行われた親族だけの儀式には、弊社マカイバリジャパンの社長も出席いたしました。ラジャさんのお姉様はイギリスから、妹はデリーから、そして2人の息子はバンガロールとオーストラリアから家族で参列しました。


死後11日間喪にふし、12日目に最大の儀式が行われた3月29日の朝、ラジャさんのお母様がお亡くなりになられました。84歳でした。


儀式は予定通りコルカタとマカイバリ茶園で行われ、総勢数千人の方がお別れに来てくださいました。


二週間のうちに、一度にご両親を亡くされたラジャさん。
今は、お母様のために喪にふくされています。

今のマカイバリ茶園の基礎を築き上げ、そして何よりも、ラジャさんという人物をこの世に送り出してくださった3代目茶園主ご夫妻に、心から深く感謝するとともに、お二人のご冥福をお祈り申し上げます。


マカイバリ茶園アジア・日本総代理店
有限会社マカイバリジャパン 一同


マカイバリ茶園アジア・日本総代理店マカイバリジャパン

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