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2013年10月の10件の記事

2013年10月24日 (木)

BioFachJapan 2013に出展します!

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BioFachJapan 2013に出展します!
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マカイバリジャパンは10月31日~11月2日に開催される「Bio FachJapan 2013」に出展します!
BioFacはオーガニックや環境に配慮したナチュラル製品を専門に扱った日本唯一の展示会です。

オーガニック先進国・ドイツで約25年前より毎年2月に開催しているBioFachが母体となっており、マカイバリ茶園主ラジャ・バナジー氏も、毎年ドイツのBioFachに参加しています。
Bio Fach では食品のみならず、化粧品やコットン、自然食品や健康食品など数多くの製品が並びます。最終日には出展品の販売会も予定されています。

ご希望の方は招待券をお送りいたしますので、メールにて郵送先ご住所と お名前をお知らせください。10月31日、11月1日は商談会がメインになりますが、最終日の11月2日は一般の方もご入場できます。
最終日は展示品の販売会も行います。旬の紅茶「2013年摘み秋摘みオータムナル」も販売します!

マカイバリジャパンは小間番号2-26で出展する予定です!

皆様のご来場をお待ちしています。

BioFachJapan オーガニックEXPO
東京ビックサイト 東1ホール
10月31日(木)~11月2日(土)
開場時間:午前10時~午後5時30分(最終日:午後5時迄)

↓   ↓   ↓   ↓
http://www.biofach.jp/

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2013年10月16日 (水)

マカイバリ茶園訪問記 訪問を終えて【その9】 【了】

 「マカイバリ」とはチベット語で「肥沃なトウモロコシ畑」という意味です。「マカイ:トウモロコシ」、「バリ:肥沃な土地」。植民地時代に英国人がトウモロコシを栽培していたので、そう名付けられたのです。


マカイバリ茶園の歴史は1835年にさかのぼります。当時セポイの反乱で脱走してきた1人の英国人兵士が、後にマカイバリ茶園と名付けられるこの地に命からがら逃がれてきました。彼の名はサムラー大尉。ちょうどその時期は、トウモロコシが実をつけだす頃だった、と言われています。彼はそのままこの地で生活するようになりました。

1840年代になると、英国人がクルセオンとダージリンに紅茶の苗床を作り始めました。サムラー大尉はその苗木をこっそり持ち帰り、茶の木を植えました。彼が、商売の目的で植えたこの茶の木こそが、マカイバリ茶園での紅茶栽培のはじまりだと言われています。

同じ時期、後にマカイバリ茶園初代茶園主となるギリシュ・チャンドラ・バナジーは、コルカタから100マイル離れた裕福な地主の息子として暮らしていました。 しかし貧しい人を助ける弁護士になりたいという望みを家族から反対されたギリシュは、14歳でダージリンに逃げてきます。英国人司令官サムラー大尉に助けられ、得意の英語を駆使し、英国軍駐屯地のための非公式通信員として働きます。その後独立して事業をおこし成功し、その地域で一番の金持ちになったと言われています。しかし彼は簡素な生活をし、貧困者への援助をしながらも、財産を浪費することはありませんでした。 同じ地域で生活をしていた、英国人のサムラー大尉とギリシュは大変親しい間柄だったと言われています。

1850年代の後半、サムラー大尉は病の床で、若いギリシュを呼び寄せ、マカイバリ茶園の正式登記を遺贈しました。1859年のことでした。 これがマカイバリ茶園の奇跡の出発点でした。


≪初代 ギリシュ・チャンドラ・バナジー≫
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≪2代目。イギリス統治時代に、100近くある茶園は、イギリス人がオーナーでしたが、唯一マカイバリ茶園だけがインド人経営者でした。インド人の誉れでもありました。≫
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≪3代目。ラジャ・バナジー氏の父上とグル。インドの経営者は精神的支柱として宗教上のグルに帰依する人が多いそうです。≫

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≪4代目。ラジャ・バナジー氏。インド国内だけでなく世界中から数々の賞を受賞しています。茶園経営とともに、執筆活動、講演活動、もしています。≫
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ゴルカランド・ストライキの影響で、世界中から年間5000人のマカイバリ茶園訪問者がぴたりと、途絶えました。ラジャ・バナジー氏にとってストレスの多い日々でありましたが、私にとりましてはゆっくりとお話を伺ったり行動を共にすることができ、このように改めてマカイバリ茶園の奥深いいったんを皆様にお伝えすることができました。ストライキは、10月20日から無期限で再度実施予定です。

インド生活の中で今回のマカイバリ茶園訪問記を書きました。日本には日本の生活、考え方があります。日本での日々の流れの中で、茶園で感じた実感が薄れるのではないかと過去の経験から危ぐし、インド発信にしました。お付き合いいただきましてありがとうございました。


【最後に】

パーマカルチャーは「自然との調和」を理念に、ホリスティックな紅茶栽培を育むマカイバリ茶園の根本的理念とも言えます。茶園は理想的な6層で形成されています。

第1層
原生林

第2層
マカイバリ茶園に常植しているマメ科で、日陰をつくる木(ネムノキなど)

第3層
一時的に植えるマメ科で、日陰をつくる木(インディゴなど)

第4層
マメ科の果実の木(ニーム、ガテマラ、ネピアグラスなど)

第5層
紅茶

第6層
様々な種類の雑草、ツル植物、土の下の植物


≪マカイバリ茶園のパーマカルチャー茶畑。理想的な6層≫
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1971年:
バイオガスを導入

1975年:
パーマカルチャーを導入

1990年:
バイオダイナミック農法の完成
(バイオダイナミック農法による調合剤に現地薬草を代用として使用したのはマカイバリ茶園が初めて)

1997年:
World Wildlife Fund for Nature(WWF:世界保護基金)により、総合森林運営をしている茶園として紹介される。
マカイバリ茶園の所有する森で生息する2頭のトラが、WWFに登録される。

≪手摘みでの茶摘み≫
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≪ラジャ・バナジー氏、朝の事務所でのお祈り。自宅では朝6時から約1時間お祈りと瞑想とヨガをされます。≫
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≪パンディットの方(宗教をつかさどる方)からお祈りをいただきます。毎朝工場での一番最初にされます。≫
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                                  【了】

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2013年10月14日 (月)

マカイバリ茶園訪問記スイリグリ事務所 【その8】

マカイバリ茶園はインド国内ベンガル州に、3箇所の工場、事務所、倉庫をもっています。

1)ダージリン・カーシオンには広大な茶園と製茶工場。

2)スイリグリには国内用のパッキング工場と倉庫。スイリグリは、バグドグラ空港から車で30分、マカイバリ茶園があるカーシオンの町から車で2時間半、山をくだったところにあります。鉄道が通り、昔から栄えていた伝統ある町です。平地ですので夏は暑い。

3)コルカタには、輸出用の事務所とスィリグリ倉庫の10倍の広さの倉庫があります。ベンガル州の首都で、ダージリンから飛行機で約1時間半の場所。

それぞれの事務所、工場、倉庫には100年以上の歴史があります。

ラジャ・バナジー氏はこの3箇所を管轄管理しています。スィリグリ事務所が、去年増築及び、改装されたためと、インド国内もオーガニックブームになり、国内需要が増えてきているために、ラジャ・バナジー氏は頻繁にスィリグリ事務所に、出かけていきます。


≪ラジャ・バナジー氏の執務室。「日本の感覚をとりいれて、すっきり、さっぱりとさせた。」とのこと。南国の雰囲気です。≫
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≪壁には茶園内の原始林に生息している虎二頭の写真と、その下には神様。≫
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≪事務方。事務所の造りは、現代的な感覚。働いている人は、何代にもわたってマカイバリで働いてきた人。ラジャ・バナジー氏からの信頼も厚く、ラジャ・バナジー氏の前では直立です。≫
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≪この2人も、同じく何代にもわたってマカイバリで働いてきた人たち。ラジャ・バナジー氏は、彼らの家族構成から私的なこと何でも知っています。≫
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≪国内用の包装をしている場所≫
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≪倉庫。以前は木箱での包装が多かったのですが、最近はチェンナイより上質のしっかりとした包装袋が届くようになり、倉庫保存も楽になりました。≫
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≪ここはシュリパ夫人の管理下でもあります。きめ細かくチェック≫
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≪昔からのスタッフと談笑。スィリグリに来るとラジャ・バナジー氏の表情も少し柔らぐように感じました。ストライキは、スィリグリまでは、統率されていないとのことでした。≫
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≪改装、増築された事務所の窓から周りをみると、懐かしい昔ながらの建物に囲まれています≫
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≪スィリグリの町には、自転車乗り合いリキシャが走っていました。≫
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≪デリーでは、すっかり姿を消してしまった牛が、道路に横たわっています。≫
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≪産地の木を活用した木工家具屋が多いです。≫
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≪都会化はじわじわと押し寄せてきています。≫
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ラジャ・バナジー氏が買い物嫌いと自然からかけ離れた、ショッピングモールを嫌っていましたので、今回は行きませんでしたが、スィリグリにも、デリーと同じようにショッピングモールができました。シュリパ夫人と前回の訪問時に出かけ、あまりの巨大化、近代化の建物及び販売品にビックリしました。

                            【続く】


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2013年10月10日 (木)

マカイバリ茶園訪問記 日曜日の茶園【その7】

マカイバリ茶園は、1994年、ドイツ・ボンに本部を置くFLO(Fairtrade Labelling Organizations Internationl)にフェアトレード生産者として加盟しました。


マカイバリジャパンでは、マカイバリ茶園の紅茶はすべて前払いで購入し、売り上げの一部(奨励金)を、茶園のコミュニティーの口座に直接入金します。

マカイバリ茶園ではフェアトレードによるプレミアムを下記のように使っています。


●茶園に2つある政府系の小学校は、フェアトレードによる奨励金で建てられました。教育費と教材費も奨励金でまかなわれます。また、子どもたちが将来の選択肢を広げられるように、コンピューター教室も開きました。


●マカイバリ茶園では、牛からさまざまな副収入を得ることができます。牛糞はバイオガスや堆肥に活用され、ミルクは高値で売ることができるのです。茶園の人々にとって大切な牛を買う際、フェアトレードによる奨励金から、無担保・無利子または低利子(マイクロクレジット)でお金を借りることができます。


●お母さんが安心して茶摘みに専念できるように、と茶畑のそばには、フェアトレードによる奨励金で建てられた託児所があります。無料で利用できるこの託児所システムは、茶園で働く女性の声から生まれました。


●フェアトレードによる奨励金で建てられた茶園内の診療所では、無料で診療を受けることができます。必要な薬や、子どもたちの予防接種などもすべて無料です。


紅茶に関わる人、動植物、自然、それらすべてが関連し、調和を保ち、良い状態であるときに、すばらしい紅茶が育つ、とバナジー氏は考えています。

茶園訪問日が日曜日をはさみました。日曜日の茶園の様子をお伝えします。


≪ラジャ・バナジー氏が、惑星の色に合わせて月曜日から土曜日まで着ていた制服から、くつろいだ私服になりました。着ていたのはフェアトレードのロゴの入ったTシャツでした。≫
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≪今日は日曜日で茶畑は休み。茶畑に行く車が仕事休みで敷地内に駐車。≫

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≪工場の裏に行ったら遠くに山々。工場は高台です。≫
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≪工場の敷地内から外に出て散歩をすることにしました。マカイバリ茶園の売店も今日は休み≫
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≪工場の外の道路は一般の車も通ります。≫
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≪今日は休日。茶摘み女性も私服でお出かけ。≫
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≪孫を連れた茶摘み女性。≫
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≪自宅の庭でご主人とくつろぐ茶園内診療所の看護師シーラさん≫
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≪シーラさんの隣の家を除いたら子供が駆け寄ってきてポーズ。≫
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≪猫が屋根の上で・・。≫
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≪道端でくつろぐ犬・・・・≫
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≪茶園の人が経営している売店。この近隣で生活している人はすべてマカイバリ茶園で家族の誰かが働いています。ラジャ・バナジー氏と同じく4世代、5世代目。≫
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≪ホームステイをかねたエコツアーなどの企画をジョイントボディの人たちがしていますが、その事務所。竹の足場が組まれて工事中。今回のストライキでホームステイが200人、キャンセルになったそうです。≫
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≪少し歩くと竹林。ダージリンはジャンボサイズの竹が多いです。さまざまに活用されています。≫
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≪子供たちの遊び場所。クリケットをよくしています。≫
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≪茶摘み女性が背中に大きな荷物をしょって・・。 ストライキにそなえて買出しをしてきたとのこと。≫
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≪茶園には7つの村があります。その村の家々。≫

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このようにすべてが、マカイバリ茶園です。ラジャ・バナジー氏はこの1700人の人たちの頂点で、日々仕事を している人になります。歴史の重みを実感しました。

                      【続く】

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マカイバリ茶園訪問記 茶園の中の草木【その6】

マカイバリ茶園は有機農法を更にすすめたバイオダイナミック農法による紅茶栽培を、4代目茶園主S.K.バナジー氏の代である1986年から実践しています。1993年には世界で最も基準が厳しいとされるデメター社のバイオダイナミック農法の認定を取得し、以後、毎年更新しています。

バイオダイナミック農法は、オーストリアの人智学者 ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)によって提唱された農法です。

主な特徴は
1.天体の動きを利用する
2.動物との共生
3.調合剤を用いる


パーマカルチャー(Permaculture)とは、単一作物を栽培するモノカルチャー(Monoculture)に対して使われる言葉です。

マカイバリ茶園では多種多様な植物の中で紅茶栽培を行うパーマカルチャーを実践しています。 1975年より、マカイバリ茶園では6層からなるパーマカルチャーが行われています。


敷地の約3分の2を原生林に残すことで動物が野生のまま生息し、パーマカルチャーを行うことで生態系を崩すことなく茶栽培を行うことができます。そしてこのことは突如として起こる自然災害に対しても、その害を最小限に食い止めることができるのです。


パーマカルチャーは「自然との調和」を理念に、ホリスティックな紅茶栽培を育むマカイバリ茶園の根本的理念とも言えます。

茶園の中、茶園の人々が生活している場所、そのほかどこも、パーマカルチャーで、様々な植物が混在しています。東京にいると雑草と思う植物が生き生きと存在感をしめしています。

茶園の中に咲いていた秋の花々をお届けします。

≪まずは10月には満開になる茶花です。9月末に訪れましたが少し咲き始めてきました。≫
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≪椿。 茶の木は椿科の植物です。≫
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≪つつじ。花は咲き終わっていました。≫
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≪ゴワバの木。工場の敷地にあり、バナジー氏の事務所から撮影しました。朝食にこの木からのゴワバをご馳走になりました。新鮮で美味しかったです。≫
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私は、著書名【インド花綴り】 著者【西岡直樹】 木犀社発行の本の愛読者です。1991年発行の本で、その時にすぐに買い求めました。インドと日本にそれぞれ手元においてインドの木々や花々を楽しんでいます。1973年から78年にインドに留学された頃の西岡さんのインドでの日々の生活を交えての植物の話は何回読んでも新鮮です。西岡さんは、本の中で、「インドの人々の暮らしの中には、植物たちとのもっともダイレクトな付き合いがある。」と、述べています。1978年から1982年までデリーで生活した私には、実感ですし、古き時代の懐かしきインドです。素敵な植物の絵も西岡さんが描いておられるのですが、私には、今だにインドの木や花の名前が覚えられません。


次からの写真の草木の名前が、私にはわかりません。写真でマカイバリ茶園の中の草木を想像してください。


≪バナジー氏に説明をされたのですが、木の名前を失念しました。≫
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≪秋の花々≫

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≪上記の花々は下記の写真のような広大な、マカイバリ茶園の中で生息しています。≫

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                          【続く】

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2013年10月 8日 (火)

マカイバリ茶園訪問記ラジャ・バナジー氏の私邸【その5】

ラジャ・バナジー氏は、バイオダイナミック農法を他の茶園に先駆けて取り入れただけでなく、ダージリンでは異色の経営者でもあります。ダージリン地方には約80ほどの茶園がありますが、茶園のオーナー自らが茶園に住み、茶栽培の指導に当たっているのは、マカイバリ茶園主ラジャ・バナジー氏だけなのです。ラジャ・バナジー氏は、大自然との調和によるバイオダイナミック農法を、そして茶園で働く人たちの生活を守るため、ダージリンの茶園では唯一、オーナー自らが茶園で生活をし、茶園で働く人たちのコミュニティーと共に、マカイバリ茶園を守っています。

ラジャ・バナジー氏が住んでいる家も工場と同じく100年以上の年数が経ています。広い、大きな家ですが、質素です。現在はシュリパ夫人とメス犬のジェイド(緑茶)と生活をされています。

≪私邸の全景≫
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≪自宅までは工場から階段を上っていきます。自然農法家の福岡正信さんが茶園に来てくださった時の植樹の紅茶の木の横の石段を登っていきます。≫
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≪自宅に行く階段の両隣も茶畑です。≫
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≪階段を上ったところの門。ここをあけて自宅敷地にはいります。≫
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≪玄関への道≫
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≪玄関≫
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≪長くて広い廊下。  両脇の壁に家族の写真や訪れてくれた人の絵などが飾られています。≫
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≪二紀会委員 北村真 画伯の茶園でのスケッチ≫
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≪聖心女子大学の学生さんのスタディーツアーの時の作品≫
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≪ラジャ・バナジー氏の若い頃の写真。≫
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≪奥様のシュリパさん。食事時の定位置です。料理 掃除 整理整頓、シリグリ事務所の責任者等等・・・茶園での縁の下の力もちです。亡くなられたラジャ・バナジー氏のお父様が常にシュリパさんに感謝されていました。私たちも茶園でどれほどお世話になったかわかりません。サリー姿が素敵です。)
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≪シュリパさんとジェイド。大 大 大・・・ の犬好き。オス犬のセンチャ(煎茶)が8月31日に亡くなり、ジェイドとともに力をおとしていました。)
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≪ラジャ・バナジー氏がジェイドをからかっています。≫
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≪結局ジェイドはご馳走をいただきました。≫
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≪ラジャ・バナジー氏の後をどこまでもついていくジェイド≫
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≪シュリパさんの楽しみの一つに園芸があります。広い庭には季節ごとの花々がお客さんを迎えてくれます。今回はダリアの花が満開でした。≫

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≪ラジャ・バナジー氏の自宅での楽しみのひとつに鳥の観察があります。自宅の周りは大木に囲まれています。朝、鳥の鳴き声を聴きながら、姿を追いながら、シュリパさんの素敵なお庭でお茶を飲みます。至福のひと時です。≫
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≪庭の真ん中に椅子とテーブルが出てきて、朝一番の鳥の鳴き声をバックミュージックにマカイバリ紅茶のモーニングティーをいただきます。原生林には約300種類の鳥が生息しています。≫

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             【続く】


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2013年10月 7日 (月)

マカイバリ茶園訪問記 事務所【その4】

現在のマカイバリ茶園を指揮しているのは、マカイバリ茶園4代目茶園主であるS.K.バナジー氏(1947~)です。マハラジャ(藩王)の息子なので「ラジャ」の名で呼び親しまれています。


バナジー氏はマカイバリ茶園で生まれ育ち、英国の大学を卒業後、エンジニアになることを志していました。しかし休暇で茶園に帰省中、森の中で落馬し、茶園の人々に助けてもらいました。茶園の人々の心の温かさに、自らの原点が茶園にあることに気がついた彼は、家業の茶園を引き継ぐことを決意したのです。

ダージリンでは異色の経営者でもあります。ダージリン地方には約80ほどの茶園がありますが、茶園のオーナー自らが茶園に住み、茶栽培の指導に当たっているのは、マカイバリ茶園主ラジャ・バナジー氏だけなのです。

バナジー氏は毎日、時間かけて、茶畑を歩きます。土や茶木の様子を観察するだけでなく、茶畑で働いている人たちとコミュニケーションをはかるためでもあります。ラジャ・バナジー氏は茶園で働く約680人の名前を全て覚えています。そのような気さくな彼の人柄は、コミュニティーの人々の身の上相談にのるほどです。朝から昼食まで茶畑を歩き、午後から身の上相談にのり、夕方に一日の成果報告のミーティングを開く、それが彼の日課なのです。


茶園を訪ねてきた人、誰とでも気さくに話しをします。訪ねてきた人は誰でも2階の部屋に通されて、マカイバリ紅茶のご馳走になります。そのラジャ・バナジー氏の仕事場をご紹介します。


≪事務所にはいる入り口です。1859年創立の看板が右側にあります。≫
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≪茶園の人たちとのミーティングの場所。森林レンジャー隊との会合もここで行われています。他の部屋はスタッフのそれぞれの事務部屋になります。≫
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≪2階にあがります。スタッフの事務所と会議室とラジャ・バナジー氏の仕事場があります。≫
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≪朝一番 ラジャ・バナジー氏はお祈りから始まります。神聖な時間です。≫
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≪ここも大事なお祈りの場所です。植物も神に関係があります。≫
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≪舞妓の茶さんのタオルを愛用されていました。≫
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≪いよいよ仕事開始です。次々にスタッフが入ってきてラジャ・バナジー氏に報告など・・・。
てきぱきと指示をだします。結論が早いです。≫
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事務所の中と廊下の壁面には次のようなものその他諸々が飾られています。


≪1890年代に日本人が訪ねてきて土産の品としてもらったという代々受け継がれてきた額≫
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≪廊下に玉露プロジェクトで、ラジャ・バナジー氏が唯一師(グル)と仰ぐ山下寿一氏とバナジー氏のおばあさまにそっくりで大きな温かい心でラジャ・バナジー氏を応援してくれる舞妓の茶の田宮博子さんとの写真≫
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≪マカイバリジャパンが毎年3回作成しているダイレクトメール過去のものすべて。≫
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≪茶園の入り口にはマカイバリジャパンの日本語看板≫
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≪秋の茶畑≫
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                      【続く】

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2013年10月 6日 (日)

マカイバリ茶園訪問記 紅茶製造工場  【その3】

マカイバリ茶園は1840年代からイギリス人により創業された、ダージリン地方で長い歴史を持つ茶園の一つです。1856年、商業目的としてダージリンで最初に紅茶農園を始めたイギリス人・サムラー大尉によって始められたマカイバリ茶園は、1857年にG.C.バナジー氏に営業権が譲渡され、同年に製茶工場設立、1859年にはマカイバリ茶園(Makaibari Tea Estates)の名が正式登録されました。以後、現4代目茶園主スワラージ・クマール・バナジー氏(通称ラジャ)に至るまで、バナジー家が茶園の人々と一緒に生活し、茶園経営を行っています。 

インド西ベンガル州ダージリンに設立されたマカイバリ茶園は、良質な紅茶園が多数ある、西ベンガル州カーシオン地区(Kurseong)に位置し、総敷地面積が670ha、東京ドームの約145倍です。その3分の1(270ha)が茶畑に、残りの3分の2(400ha)が原生林のまま残され、無数の野生動物が生息しています。


≪広大な敷地からはどこからもこのような秋の茶畑風景を楽しめます。≫
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マカイバリ茶園は4つの山にまたがり、7つの村からなっています。680人のコミュニティー(茶園主は従業員と呼ばず、コミュニティーと呼びます)と、その家族1,700人が茶園の敷地内で暮らしています。茶園には政府系の小学校が2つあり、茶園の子どもたちはその小学校に通っています。

≪茶園の中にある政府系の小学校。茶園の子供たちが通っています。≫
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≪茶摘み女性や工場で働く女性が子供を預ける保育所。保育所は茶園の中のあちこちにあります。茶園の中をいつも案内してくれる運転手さんと子供。≫
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マカイバリ茶園では、バイオダイナミック農法による茶栽培だけでなく、茶園で働いている人々の生活をも含む包括的な先駆的な茶園経営を行っています。 茶園で働く人々の生活面では、茶園全体の森林保全と、コミュニティーの生活向上のため、小株主の経営を導入しています。この小株主制度には女性も参加しており、女性が茶園の経営、コミュニティーの経営に参加することは、インドの茶園では極めて珍しいことです。マカイバリ茶園では、男性と同様、女性の監督者を採用しています。

工場の女性たちも、茶摘み女性たちと同じように、きびきび 生き生き 笑顔で仕事をしています。傍からみていても気持ちがよいです。これこそマカイバリ茶園の精神と思いました。


≪工場で仕事をする女性たち≫
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≪親しく写真に笑顔でおさまってくれました。≫
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≪右の人が女性の総監督≫
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≪工場の全容。 外観は100年前からほぼ同じです。≫
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≪働く人の更衣室≫
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≪工場に入るための注意事項≫
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≪紅茶部門の総支配人ニル(NIRU)さん。笑顔と紅茶の仕事に対する厳しさ、実力はラジャ・バナジー氏のおすみつき。ラジャ・バナジー氏が良い人が来てくれたと嬉しいニュースとして今回伝えてくれました。≫
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≪出来上がった商品が整然と並べられています。≫
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≪その日の茶葉の状況で機械の装置設定をしています。紅茶マネージャー ニルさんの仕事です。今年も美味しい紅茶ができています。≫
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≪表示も手作業です。≫
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≪見学者は、専用の帽子、靴カバー、マスクをつけます。年間世界各国から5000人の見学者が訪れます。ドイツの環境大臣も来られました。先日インド駐在タイ国大使もタイの茶園指導をしてほしいと訪ねてこられました。≫
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                           【続く】

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2013年10月 5日 (土)

マカイバリ茶園訪問記 茶園の中に自動車道路【その2】

≪ラジャ・バナジー氏の失意と落胆。でも茶園の人々を信じて・・≫


茶園には7つの村があります。そのひとつのチェプティ(CHEPTAY)地区の茶畑の中に自動車道路が建設中でした。ここにはすでに人が通る道があったのですが、その道を広げたのです。2トンの生産量になる茶の木が抜き取られました。

≪茶畑の中に今まであった人の歩く道を広げた自動車道路。これから石を敷き詰める作業になります。≫
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政府の理由は、「ダージリン開発発展のために」との理由です。最終的にチェプティ(CHEPTAY)地区の茶園の人々がOKを出しました。しかし、車が通れる道は必要がなかったのです。

現在茶園の人ではない工事人が入って仕事をしています。
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ラジャ・バナジー氏は、「40年間、環境保護、良質紅茶製造のためにバイオダイナミック農法をとりいれ、茶園の人々の福祉にも尽力してきたのに・・・」と、何度も何度も悔しそうに話されました。

茶園に到着してすぐに現場をみてびっくりしていた私も、ラジャ・バナジー氏の失意と落胆に共感、理解できるだけに言葉もありませんでした。

自動車道路ができたために起こりうる被害を最小限に防ぐ方法はないか?


次の日、毎週月曜日に開かれる「森林レンジャー部隊」の恒例の会議がありました。


マカイバリ茶園の敷地の3分の2を占める原生林(400ha)には、無数の動物が野生のまま生息しています。WWFに登録されている2頭のベンガルトラをはじめ、18頭のヒョウ、ウサギやサル、シカ、リス、そして300種類以上もの野鳥など、まさに自然のパラダイスです。また、紅茶の葉の擬態動物「ティー・ディバ」も生息しています。


マカイバリ茶園では森林レンジャー部隊を作り、原生林を毎日観察し、週に一度行われるミーティングで、動物たちの様子が報告されます。自然と人間が共存するためには、生態系の小さな異変に一早く気づき、対処することが必要なのです。


≪現在20名の森林レンジャー部隊の会議。机の上にある分厚いノートが過去40年間の記録です。≫
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≪森林レンジャー部隊の人 ≫
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≪森林レンジャー部隊の人  ≫

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≪森林レンジャー部隊の人  ≫

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その会合の最後に、ラジャ・バナジー氏は、皆にゆっくりとそして力をこめて自動車道路のことを話されたのです。

「道路ができてしまったことは仕方がない。しかし次の3つの問題点がある。

≪熱をこめて森林隊の人に話すラジャ・バナジー氏≫
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1)茶の木を抜き取ったために、土砂崩れ現象がおきやすくなって危険な状態。村人の家が崩れる可能性あり。


2)自動車道路に砂と石を敷いたために、茶畑が石や砂で覆われてしまう。もうすでに始まっている。


3)大雨が降ると茶畑に新しい水の流れができて、茶の木をなぎ倒していく。


以上の3つの危険な問題を解決するのは、木と植物を道の両脇にたくさん植えることである。すぐに実行しよう!」


会合の後、すぐに、森林レンジャー部隊と私と外回りマネージャーのタルさんと現場に行きました


≪自動車道路になる前は、このような人が通る道でした。≫
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ところが 両脇の茶の木、植物 木が抜き取られた後、石が敷き詰められてこのように広い道になっていました。


≪タルさん、森林レンジャー部隊の人たちで現場を視察≫
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≪土砂崩れしそうな場所≫
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≪自動車道路のすぐそばの家≫
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≪石で固めた工事≫
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≪石が茶畑に入ってしまい、土を覆ってしまう≫
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≪茶畑の中にできた雨による水路。すでに茶の木がなぎ倒されている≫
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誰もが現場をみてラジャ・バナジー氏の指摘した危険性の話に納得して、「すぐに行動開始!」と決意していました。


森林レンジャー部隊は、ラジャ・バナジー氏の強力なるサポートチームです。3メートル以上にもなる広い道の両脇にびっしり、木と植物が植えられることを、陰ながら応援していきたいです。

森林レンジャー部隊が観察している、原生林の楽園が、政治主導で、ダージリン開発発展、経済発展の名目のもと破壊されないことを切に願います。

≪森林レンジャー部隊の報告内容の一部です。≫

1)豹がヤギを食べてしまった。
2)大きな鳥が、木になっていた実をすべて食べてしまった。
3)野生の猫が鶏を食べてしまった。
4)虎が川を越えて村に出てきて牛を殺して食べてしまった。
5)今まで見たことのない鳥がいた。
  *ラジャ・バナジー氏はすぐに鳥事典で調べて確認をしていました。
  そのほかいろいろとネパーリ語で報告していました。

       【続く】

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2013年10月 4日 (金)

マカイバリ茶園訪問記 「秋の茶園風景」 その1

石井洋子が、9月27日から10月1日までマカイバリ茶園を訪れてきました。その報告をお届けいたします。


45日間のゴルカ(Gorkha、またはグルカ・Gurkha)の政治ストライキが行われていたダージリンで、9月10日ストラキが解除されました。次回は10月20日からのストライキが通告されています。

ダージリンは西ベンガル州に属していますが、この広大な州から(州都のコルカタからダージリンまでは飛行機で約1時間)、ゴルカが多く住むダージリン一帯を、ゴルカランド自治州として独立したい、というのが、ストライキ理由です。


ゴルカは、ネパール山岳部に住む民族ですが、1840年代にダージリンの紅茶産業の働き手として、ダージリンと国境を接するネパールから移り住み、現在でもその末裔が茶園で働いています。

ストライキ中は、観光、食事、買い物、交通などすべてのサービスが停止されます。店はシャッターを閉め、エンジン付きの車両は動かせず、学校も休校となります。すべてのダージリンの茶園は出荷停止です。茶摘みと工場の稼動は許可されています。


ストライキは、ここ30年以上続き、そのことでダージリンの紅茶産業がダメージを受けていることも事実です。
今回も 観光客の激減、寄宿舎学校の学生の半分以上が転向、学校も長期にわたり休みになりますから学力低下の問題、・・・・。 産業は紅茶と観光だけで、港も天然資源もない小さなダージリンです。


今年は3月11日の初摘み茶、 5月24日からの白内障キャンプ、 そして今回の訪問とマカイバリ茶園訪問が3回になります。偶然に春 夏 秋と訪れることになりました。


マカイバリ茶園の季節の移り変わりを茶園の中で体験できた贅沢な訪問でしたが、心痛む問題も実際に見聞きしてきました。その問題も報告いたします。

まずは秋真っ盛りの茶園の写真です。私はこの落ち着いた 緑深い トンボや蝶が飛び、草花が花開き、空はどこまでも澄み切って・・・、湿気がすくなく、気温は暑くもなく寒くもなく、快適なマカイバリ茶園の秋が一番好きです。


≪日差しが強いので傘をさしての茶摘み風景≫
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≪茶畑から遠くに河が見える風景≫
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≪茶園の中に入っていく道。両側は秋に咲く黄色の花が満開。茶花は蕾をもっていてまもなく咲きます。≫
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≪緑濃い秋の茶畑≫
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≪茶摘み女性≫
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≪茶摘みされた籠の中≫
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≪夕方。 美しい蜘蛛の巣。空気が澄んでいる証拠≫
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                                       【続く】

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