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2016年5月の6件の記事

2016年5月26日 (木)

茶文化研究家・マカイバリ親善大使・湯浅薫氏講演会「お茶に導かれて」

2016年5月21日(土)茶文化研究家・マカイバリ親善大使・湯浅薫氏が、尼崎市「個個セブン」の皆様のお招きで講演をされました。タイトルは「お茶に導かれて」。試飲用のお茶はマカイバリ紅茶をご指定してくださり、事前にご購入くださいました。湯浅様より、素敵な「個個セブン」の皆様と参加者30人の方々の講演会の様子の写真を送っていただきましたのでご紹介いたします。なお、現在、弊社スタッフが茶園を訪れており、ラジャ・バナジー氏に写真をお見せしたところ大変感激されて、英語にして写真とともに送ってほしいとの要望が来ました。マカイバリ茶園のHP、フェイスブックでアップするそうです。世界中の人がみます。


では講演会の様子をお伝えします。

【個個セブンからのご案内文】

土曜日の小さなサロンです。尼崎市内の同じマンションに住むわたしたち「個個セブン」のメンバーは、ご縁のある方を招いて月一回、ささやかなサロンを開いています。この集まりの中で新しい出逢い、人と人とのつながりが生まれると嬉しく思います。個人宅でなく共用サロンですので、どうぞ気軽にお越しくださいませ。
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【湯浅様の講演】
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【日本茶の、ルーツをたどれば、あらら。】「個個セブン」案内文から~
最も身近な飲み物、お茶。人はいったい、いつからお茶を飲み始めたのでしょうか。文献に登場する最古のお茶は中国・唐の時代、1200年ほど前のことです。そのころ、どんな茶葉を使っていたのか、急須はあったのか、どんなふうに日本に入ってきたのか、興味は尽きません。茶文化研究家、湯浅薫さんは中国人留学生との出会いをきっかけに、お茶の魅力に引き込まれました。インドや中国など、お茶の産地を訪ねて世界各地を旅しています。湯浅さんを道案内に、お茶の歴史と広がりをたどります。ティータイムには、とびっきりのダージリン・セカンドフラッシュをみんなで淹れて味わいましょう。

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湯浅様 「講演の演目は『茶文化の早わかり』資料の素晴らしさと分かり易い説明に茶文化を身近に感じ感激したとの声をいただきました。」

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ティータイムは、湯浅様のご推薦マカイバリ紅茶夏摘みです。

湯浅様 「ティータイムの『マカイバリ紅茶を楽しむ』は1時間にも及ぶセミナーの様子になりました。マカイバリ紅茶のふるさとの様子が分かる数々のパンフレットが役立ちました。」
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湯浅様「更にマカイバリ紅茶の淹れ方パンフレットも評判です。紅茶を楽しむのみに特化でき お持ち帰り出来、ゆっくりパンフレットを後で見れるからです。」

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淹れたお茶を美味しいスイーツとともに楽しまれています。
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湯浅様「セカンドフレッシュを楽しみ、更にお土産のDJ-1(春摘み)をご自宅で異なる香りと味を楽しむ最高に幸せなティータイムになりました。こんなティータイムってあるの・贅沢~との声も・・。
終了後に参加者の笑顔と握手と来て良かったとのお言葉を頂き感激でした。」
 「嬉しいお便りをいただきました。『先生のお話が奥が深くて、それなのに解りやすく皆様も大変お喜びでしたね、ティータイムの紅茶も美味しいでした。お蔭様で元気をいただきました。茶縁を大切に感謝』。茶縁が又、一つ誕生しました。」

湯浅様「私の信条は知識は講演で理解いただけますが、物の良さは言葉で通じず体験(試飲)により広がるとの思いでございます。」
 

湯浅薫氏と「個個セブン」の皆様
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心温まる素敵な皆様と「茶縁」で結ばれました。ありがとうございました。

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2016年5月24日 (火)

インド出張記:アグラ  アグラ城

タージマハールの後はアグラ城へ

アグラ城は1565年から10年をかけ、ムガール帝国第3代皇帝のアクバル帝によって建てられた要塞です。高さ20mの城壁が2.5kmにわたって続いています。
その後第4代皇帝シャハンギール、第5代皇帝シャー・ジャハーンもこの城を拠点としていました。

ムガル帝国の権威の象徴ともいれるアグラ城。
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【城の南側の門 アマル・スイン門から入ります】

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【かなり歩きます】

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【一般謁見の間。シャー・ジャハーンが造ったそうです。】

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【貴賓謁見の間。玉座の後部の壁には宝石がはめ込まれていたそうです】

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【アクバル帝はイスラム教でありながら、他宗教との融合のためにヒンズー教の妃をめとったそうです。そのたイスラムとヒンズー建築の融合が見られます。】

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【シャー・ジャハーンは最後息子によってこの建物に幽閉されてしまいましたが、毎日妃の霊廟であるタージマハールをながめていたそうです。何ともせつないです。】

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【敷地内には野生のリスが多くいます。】

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帰りはアグラ⇔デリーを結ぶヤムナエクスプレスという高速道路で快適に戻ってきました。所要時間は3時間半。昔は6時間以上かけていました。インドの道を走っているようには思えませんでした。


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2016年5月23日 (月)

インド出張記:アグラ タージマハール

デリーの南約200km 北インド ウッタル・プラデシュ州のアグラへ。ここには世界遺産であるタージマハールと
アグラ城があります。


最盛期にあったムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーン(在位 1628~1658)が愛する妃(ムムターズ・マハル)のためにつくられた霊廟です。
まるで宮殿のように美しい。大理石がまぶしいです。

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【門をくぐってからかなり歩きます】

シャー・ジャハーン帝は 終生かわらずムムターズ・マハルを溺愛し、戦場にさえも伴ったそうです。
ムムターズ・マハールは14番目の子供を出産した後にその産褥熱(さんじょくねつ)がもとで、38歳にして世を去ってしまいました。

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シャー・ジャハーン帝は 国中が 2年間の喪に服すことを命じ、みずからも深い悲しみに沈んで、生涯心が晴れることがなかったそうです。帝国の領土拡大や宮廷政治に意欲を燃やし、「世界の王(シャー・ジャハーン)」と名のった皇帝も ただムムターズ・マハルをしのび、彼女の記憶を永遠に留めるために墓廟の建設に没頭しました(ガイドブックより抜粋)。
当然に国庫もつきてしまい、最後は息子アウラングゼーブに幽閉されてしまいました。

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自分も黒い大理石の霊廟をヤムナ川をはさんで建設予定でしたが、希望はかなわずタージマハールの中に妃の横に埋葬されました。

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【2人のお墓が並んであります。】


この日も暑さは40度を超してます。外には救急車がとまっており、熱中症で倒れたインド人が応急処置を受けていました。

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インド出張記:ジャイプール

デリーから南西266kmのラジャスタン州の首都ジャイプールへ。

1728年にこの地方に勢力を持つカチワーハ家の王、サワーイ・ジャイ・スイン2世によってつくられました。
この王様の名前をとってつくられた町です。プルは「城壁に囲まれた町」という意味。
すべてピンク一色に統一されているために「ピンクシティ」とも呼ばれています。

サワーイ・ジャイ・スイン2世によって1726年に造られたシティ・パレス。現マハラージャの住居もあり、一部は
博物館にもなっています。

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【英国の建築家サミュエル・ジェイコブが設計したムバーラク・マハル】

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【旗がたっている建物が現マハラジャの住居】

こちらはディワーネ・カースとよばれる貴賓謁見の間。巨大な銀の壺はギネスブックにも登録されている世界で一番大きな銀製品だそうです。1902年、エドワード7世の戴冠式にマハラジャが出席するために、イギリスまで船で運ばせたそうで、敬虔なヒンズー教のマハラジャはガンジス河の水をいれて毎日沐浴をしたそうです。
インドのマハラジャはスケールが大きい。

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マハラジャの衣類や財宝も博物館には飾られており、豪華絢爛な生活をしていたことがうかがえます。

ジャイプールから車で少し行くと世界遺産にも登録されたアンヴェール城があります。
16世紀にこの地を支配したカッチャワ家の王国(アンベール王国)の砦に、1592年ムガル帝国の
第3代皇帝アクバルの軍司令官ラージプート族の王様ラジャ・マン・シィン1世が大規模な増改築を加えたものです。

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40度を超す炎天下。観光客は象のタクシーで登っていくのですが、時間が遅かったので歩いて登りました。
すべてのものが大きい。

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外側の城塞という堅固な外観とは対照的に、中はピンク色の砂岩と大理石を使って、
美しく繊細につくられています。

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【シーシュ・マハル(鏡の間)。鏡をちりばめた幾何学的な模様が美しい】

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【庭園の向こう側がスク・ニワース(歓喜の間)。マハラジャが涼しく暑さを凌いでいたのでしょう】

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【井戸 砂漠地帯では水は貴重だったのでしょう】

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【マハラジャが使用していたトイレだそうです】

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【マハラジャがサナーナ・マハル(ハーレム)に向かう秘密の通路】

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【台所。大量の食事を作るために鍋も大きい】

ジャイプールは豊かな土地で、当時のマハラジャが威信をかけてつくったお城であることがわかります。この地域は種々の民族が行き交う要衝であったため、丘陵地帯に強固な城砦を築き異民族の侵入に備えたそうです。

この日の温度は43度。夕方だったにもかかわらず気温は下がらず、最後の方は頭がくらくらしてました。。

注:ガイドをつけずにまわったので、場所の名前が違うかもしれません。途中から警備員でもある警察の男性が親切にもガイドをしてくれました。

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2016年5月22日 (日)

インド出張記:ニームラナ城

灼熱のデリーから発信します。日中は45度を超す暑さです。

デリーから110km南東にあるラジャスタン州ニームラナへ。
ここに要塞をホテルにしたニームラナ城ホテルがあります。

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ニームラナ要塞は1464年にデリー一帯を支配していたチャウハン(Chauhan)家によって建てられました。
1947年までチャウハン家のものでしたが、借金対策で手放されて40年間放置されていました。
1986年より復旧作業が始まり、ホテルとしてスタートしました。
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インドでは歴史的にも最も古い遺跡ホテルとして有名です。
丘陵の中腹にあるニームラナ城は砂漠地帯にあるものの、緑に囲まれて村全体の見渡せます。

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プールも2つもあり、リゾートホテルです。城の中はまるで迷路のようです。マハラジャの気分を味わえる場所だと思います。

ニームラナ城の近くには古井戸もあり、まるでタイムスリップしたようです。もう水はありません。

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ニームラナの地域も工業化が進み、日本工業団地ができていました。新しいものと古いもの。マハラジャが住むお城と庶民が暮らす村。相反するものが共存しているところもインドです。

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2016年5月17日 (火)

エリザベス女王とマカイバリ紅茶

昨年2015年11月13日にインドのモデ首相よりエリザベス女王に献上されましたマカイバリ茶園紅茶の話が日本のメディアで取り上げられなかったことを、元毎日新聞社ニューデリー特派員であり、マカイバリ・フアンである川西和夫氏が残念に思われ、寄稿文を送ってくださいました。


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<エリザベス女王とマカイバリ紅茶>

 多少旧聞ながら、昨秋にインドのナレンドラ・モディ首相が英国でエリザベス女王にお土産としてマカイバリ紅茶をお渡ししました。このニュースはインドでは広く報道されましたが、日本では紅茶ファンですらご存じないでしょう。いい機会ですので、いちマカイバリ・ファンの思いとともに、昨年のストーリーを書かせていただきます。
      
 私は1988年から4年あまり、新聞社の特派員としてインドのニューデリーで生活しました。日本にいたころからダージリン紅茶が好きだったので、インドでも紅茶を訪ねたのにいいものに会えませんでした。インド人と好みが違うのかと考えたりしていました。ところがある日自宅に売りに来た紅茶の味に驚きました。それがマカイバリ紅茶だったのです。残念ながらマカイバリは短い期間手に入れただけで、入手困難になりました。いつかダージリンを取材したいと思いながら帰国しました。
 
 その後、会社を辞めて大学院でインド研究を始めているうちに、驚くことにニューデリー時代からの友人である石井夫妻がマカイバリジャパンを立ち上げられたのです。ダージリンが現実になりました。
 
 標高1500メートルに位置するマカイバリは他の茶園より少し孤高の地にあるように見られ、ヒマラヤ山脈が何と美しかったことでしょう。マカイバリ4代目茶園主のS.K.バナジーさんにお会いし、茶園を歩き、彼の紅茶が特別であることがよくわかりました。

 そして、昨年11月13日の話に戻ります。モディ首相はインドの宗主国である英国へ首相になって初の9年ぶりのインド首相英国訪問でした。この日はモディ氏がエリザベス女王に招かれるというので、私は日本からインドのドゥーダルシャン(公営放送)などのネットを通じて見ていました。するとインド人アナウンサーが「モディ首相がエリザベス女王にマカイバリ紅茶を送りました」と大きな声で叫ぶではないですか。マカイバリ紅茶はバナジーさんの尽力でいっそう知名度をあげて、いわば「女王陛下の紅茶」にふさわしいということでしょう。インド人が見ても納得のお土産ということです。  

 おせっかいではありますが、モディ首相は地方の豊かでもない紅茶店屋の生まれです。甘いミルクティーである「チャイ」をインド人は好みます。モディ首相は女王に最高級の紅茶をプレゼントと考える時に、どう思ったのか興味深いです。私のような浅薄なものは、インドの民主主義の一つの表現というふうに考えています。

 この4月には、エリザベス女王の孫ウィリアム王子がキャサリン妃と早々にインドを訪れました。私はマカイバリ紅茶を楽しみながらインドの歴史と今後のダイナミズムを見守っていきたいに思います。
 
川西 和夫 元毎日新聞ニューデリー特派員、元福山市立大学教授


マカイバリジャパンは多くのマカイバリ・フアンに支えられ、応援していただいています。感謝申し上げます。

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