カテゴリー「インド: 生活その2」の109件の記事

2019年3月 2日 (土)

【デリーの日々20】オベロイホテルでサプライズ

昨日3月1日は、デリー・朝の気温6度。日中も気温が上がらず、20年来の寒さ。今日3月2日も朝から何度か雨が降り気温も日中19度前後で太陽が出ていません。うすら寒い。


オベロイホテルの改装が終わったので、地下の喫茶室に3~4年ぶりに行ってみました。ご一緒してくださった方はインド人の弁護士さん。今、緊張が高まっているカシミール問題についてお話しを聞きたかったのです。ところがサプライズもおきました。

まずは紅茶専門店へ。あまりにも立派。写真撮影禁止。以前はルイヴィトンが入っていたなと・・・。外からみて終わり。


地下のケーキ、パン、ジャム、ワイン販売と喫茶室。改装されていましたが以前の面影も残っています。
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食べたいパンやケーキを選んで喫茶席に・・。突然、弁護士さんが、「ソニア・ガンジー夫人と娘さんのプリアンカさんが来ている」というのです。後ろ向きがソニア夫人。
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そして、私たちのすぐ隣に席をとられたのです。仲良く楽しそうに話をされていました。

しばらくして弁護士さんが、スマホからインディラ・ガンジー首相とその方の祖父の方とご本人の子供時代の一緒の写真を取り出し、、インディラ・ガンジー首相の弁護士をしていたということを、お二人に話されたのです。お二人とも名前を知っていらっしゃいました。話題が弾んでいました。弁護士さんが「こちら日本の人です。」と紹介してくれると、プリアンカさんが「日本から帰ってきたばかりです。私は日本が大好きです。」と気さくに話されるのでびっくりです。気取らないほんとに素敵な方だなと感激しました。インドでよく感じることは、地位のある方々のほうが気さくであることを、過去に何度か体験しています。


さてカシミール問題。インドの新聞ではあまり話題にされていないのと、一般庶民は「また始まった。いつものことだから」と。デリーからカシミールはかなり離れているので、他人事のようなのです。

弁護士さんが、背景など話してくれました。一番の問題は、カシミールを分割した時に、土地をカシミール人以外に売ってはいけないとの取り決めが双方にあるのだそうです。投資家を呼ぶことができず、産業がなく、若者に職がないので、テロ組織に入ってしまう・・・という見解をしていました。

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2019年3月 1日 (金)

【デリーの日々19】クラブ・ライフ  「インディア・インターナショナル・センターへ」

インディア・インターナショナル・センターの昼食に招待されました。友人のスペイン人カルメンが、ここのメンバーです。ジム・カンナ・クラブと同じように、ここもメンバーと一緒でないと利用することはできません。イギリス統治時代からのクラブで文化人が対象。日本のインド研究者や文化人もメンバーでいらっしゃいます。メンバーになるには、それなりの資格が必要。カルメンはボランティア活動で、昔、マザーテレサ賞をもらったりしていることが評価されました。

友人のカルメン
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食堂。 高齢の方が多いです。有名な文化人の方々も多く来られるそうです。
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図書館。ここで過ごされる方も多いと聞いています。
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図書館から、外を通らずに行かれる渡り廊下
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年輪を感じる見事な樹
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植木
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インドに来ると思うことは、クラブ・ライフのことです。クラブ・メンバーですと、毎日クラブに行き美味しくて安い食事を楽しむことができます。友人たちと会うことができます。クラブ・ライフはイギリス文化と言われています。インド人も、イギリスが残していった文化を引き継いで楽しんでいます。


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2019年2月27日 (水)

【2019デリーの日々18】サンギータさんのご自宅へ

今日2月27日(水)デリーは肌寒いですが、日中は最高気温19度ありました。電機屋さんが修理に来て「今日は寒くて腰が痛い!」と言うことを聞くと、いずこも同じという心境になりました。

このブログでも何回かご紹介しています、SANGEETA ASRANI サンギータ アスラニさんにお招きを受けてご自宅に伺いました。デリー駐在ご友人2人の方ともご一緒しました。そのご友人のご要望で、「パーニープーリーPani Puoi」というインドスナックが、サンギータさん宅料理人が上手ということでご馳走になりました。

サンギータさん
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パーニープーリーPani Puoi
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パーニープーリーPani Puoiの食べ方は、シュークリームのような皮に、ポンポンとスプーンで穴をあけて、その中に、ジャガイモとモヤシを主とした具をいれます。その具の中に、甘酸っぱいスープを垂らして、ガブリと一口で食べます。さっぱりとして甘酸っぱい味で、大変美味しいです。何個も手が伸びます。食器は日本のお椀でした。
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サンギータさんのお父上は、インド外務省で3度の日本駐在をなさり、最後は駐日インド大使になられました。人格者であられ、多くの日本人が ASRANI アスラニ元駐日インド大使を尊敬し、慕っています。ご自宅に何気なく飾られていたのが、日本国政府から授与された「旭日大授賞」。その横に若い天皇陛下と美智子妃殿下のお写真が飾られていました。
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昼食は「ジム・カンナクラブ」に行きました。テニスの由緒あるクラブとして有名。メンバーと一緒でなけらば食事はできないクラブ。サンギータさんはメンバー。写真撮影は禁止。外はよいということで、玄関から出たところを撮影しました。イギリス統治時代からですから、樹々が見事です。
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2月3月のデリーは、花が咲き乱れる時期でもあります。
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2019年2月17日 (日)

【2019デリーの日々13】デリーの天気

今日は2月17日日曜日。デリーは穏やかな小春日より。日中の気温は20度前後。風もなし。先日2月7日にデリーに隣接している、グルガオンやノイダで雹が降り、気温が5度前後まで下がったことをお伝えしましたが、其の後も気候は不安定で突然大雨が降ったり、気温が日中でも10度前後になったりしていました。しかし、2~3日前より冬の冷たい空気から、穏やかな柔らかい日差しになってきています。今日は特に春の日差しです。

急に思いついてベランダに花を買って飾りました。気持ちも春めいてきました。
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今年のホーリーは3月21日(木)。この日を境に例年ですとデリーは1週間で40度前後まで一気に気温が上昇し、真夏日になります。2018年のホーリーは、3月2日でした。今年はホーリーが遅いので、夏の訪れも遅いです。きっと3月前半も凌ぎやすいと思います。ホーリーの日には、無礼講で色水を掛け合うという習慣があります。楽しいお祭りです。

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2019年2月13日 (水)

【2019デリーの日々10】池江璃花子と大坂なおみのインド新聞記事

昨日2月12日「池江璃花子さん白血病」ニュースと「大坂なおみさんコーチ・バイン氏との契約解消」の突然の電撃発表を、今日のインド新聞「タイムズ・オブ・インディア」スポーツ欄一面トップで2つの記事が掲載されていました。
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インドは英国統治時代からテニスが盛んです。テニス専用のジム・カンナ・クラブという会員制の名門クラブがあるほどです。その影響かどうか、大坂なおみさんの記事が池江璃花子さんより大きく出ていました。
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池江璃花子さんの記事。
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インドの新聞に日本の記事が出ることは数少ないのですが、お二人とも世界で活躍されてすごいと思います。

池江璃花子さんには「まずご自分の体を第一優先に」と他人事ながら祈りました。

「大坂なおみさんはご自分のスタイルがあるのでしょうから、バイン氏から自立したいのではないかしら」とインド人の友人と話題にしました。


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2019年2月12日 (火)

【2019デリーの日々9】日本の学生服のコピー

インドの結婚式参列のために、娘を迎えに来てくれた、アーカス君のそのスタイルが おやおや・・・。

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日本の学生服を自分でコピーして、職人さんにつくってもらったのだそうです。


アーカス君は、Happy Hunterに様々な品々を納入しています。たとえばロングヒット作のマサラバッグ。
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マカイバリジャパンでも扱っているミラーワークのティーコージー等、等、等。
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アーカス君はセンスがあり、娘の希望に応じて様々な品々を納入しています。私どもは、お祖父さん、お父さん、アーカス君と3代にわたるお付き合いです。1978年代のお祖父さんは、散髪屋。家に髪切りに来てくれていましたがある日夫が、指圧のマッサージを教えました。日本人社会に紹介をして帰国。次の1992年からの駐在では、息子になる2代目にまたマッサージをしてもらう付き合い。アーカス君はデザインが好きで、家に職人を抱えての仕事。ほとんどがHappy Huterの仕事をしているそうです。1児の父親でもあります。


この日は、Happy Hunterスタッフ妹の結婚式に,雇い主の娘もインドの習慣で参列。兄であるスタッフが妹の為に頑張って大変立派な心のこもった結婚式だったそうです。スタッフも皆参列。インドらしい。娘は着物を着ました。
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2019年2月11日 (月)

【2019デリーの日々8】インドでアーユルヴェーダ治療

アーユルヴェーダは約3000年以上前に発祥したと言われているインドの伝承医学です。予防と治療があります。今までの長いインド生活で、予防でのアーユルヴェーダは身近でした。ヨガを習ったり、アーユルヴェーダのオイルマッサージを回数券を買って通ったり、アーユルヴェーダのハーブやスパイスも日常的に飲んでいました。

今回は、初めて治療目的でHOLY FAMILY HOSPITAL(ホーリー・ファミリー・ホスピタル)に毎日通っていす。
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3階のアーユルヴェーダ待合室。2階は西洋医学。
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私は数年前から腰痛と膝痛に悩まされています。毎回インドに来るたびにインド人の友人からホーリー・ファミリー・ホスピタルのBATTO(バット)先生を紹介されていました。今回思い切って行ってきました。
バット先生は年に何回もアーユルヴェーダ治療で日本に招かれ,近日中に福島と広島に行かれると話されておられました。驚いたことに私たちが長年インド通で親しくさせていただいている日本人ご夫妻が通っている病院と先生でした。先生は問診、脈をはかり、血圧を測り、施術する女性に指示を出しました。明日から7日間毎日通うこと。食事、生活など施術師の女性の指示に従うこと。アーユルヴェーダの薬を飲むこと・・・・等
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腰から足の先までオイルをたっぷり塗りながらの簡単なマッサージ。其の後写真にある33種類のハーブを混ぜたスチームが出てきて、オイルを塗ったところに吹き付けてくれます。大きな敷布のような布地で体全体を包み、順繰りに各箇所に30分近くこの温かいスチームをあててくれます。こうすることによってオイルの効能が体の中に入っていくのだそうです。もちろんオイルにも膝痛、腰通に効くハーブが入っているということでした。とても気持ちがよいです。終わった後は痛みが少なくなって体が軽くなりました。
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今日で3日が終わりました。後4日です。痛みが軽減されてきています。インド人の友人は「自分の体験から、必ずよくなる・・・・」と。よくなってきているので楽しみです。

4日後に治療後の状況をお伝えします。

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2019年2月 9日 (土)

【2019デリーの日々7】グルガオンとノイダに雹

2019年2月7日デリーに隣接しているグルガオンとノイダに雹が降りました。デリー近辺ではめったにないことです。3連休は日本に寒さ到来と新聞で書かれていましたが、一足早くインドに寒波がきました。


新聞記事の写真です。
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雹の中を車が進みます。
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雹の大きさを手でもって、いかに大きな雹であったか。
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ノイダは雪が降ったように地面が白くなっています。
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その同じ時刻デリーは土砂降りの雨と雷が鳴り続けていました。家の前の様子です。
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傘をさして学生さんが駆け足でした。
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2019年2月 7日 (木)

【2019デリーの日々5】環境の変化 隣の家

事前に連絡は受けていましたが、現実を目にすると、いろいろ思い出もありますので、むなしいというか、寂しい気持ちになりました。

隣の家がすべて取り壊されて更地になっていて新築工事が進行中です。
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我が家との境には白い壁がつくられていました。
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購入された方は洗剤会社の社長さんとかで、平屋の建物にするという噂です。ほっとしました。最近は新築すると
高層建物が建てられることが多いのです。隣の我が家としては高層ですと圧迫感があります。
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隣の家は、モダンな造りでした。大きなバナナの木が玄関脇にあり、白いレンガつくりで、裏庭には南国の樹々が大きく育ち、芝生でした。すべてとり払われていました。20年ほど前までは、日本の大企業のシニアの方が代々住んでおられた家でした。我が家の2階の部屋から隣が良く見えていましたので、南国の樹々を楽しんでいたのです。

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2019年2月 6日 (水)

【2019デリーの日々4】環境の変化 お手伝いさん

昨年9月の滞在の時と日常生活が大きく変化したことが2つあります。一つはお手伝いのキランが昨年11月末で退職したことです。今日は3年間のキランの思い出と今の状況をお伝えします。

頭の良い人で、「しろ」の世話から、食事つくり、家の中の整理整頓、その他、およそ日本で主婦がしなければいけない仕事をすべて難なくこなしてくれた人でした。
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昨年、約半年間ハッピー・ハンターの仕事の見習い生を我が家に宿泊させた時も、すべての面倒をみてくれました。その他親しい方の宿泊の世話もしてくれました。とても有難い人でした。思い出の中に手打ちうどんを教えたこともありました。

できあがった素うどん
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ところが昨年11月末に突然2日後から退職して、使用人部屋から出て行くと言ってきました。彼女は、郊外に家を購入し、そこにダージリンから両親を呼んで世話をするということでした。しかし、あまりにも唐突な「退職通告」でびっくりしましたが、インドではよくあることだそうです。

インドは労働組合が強く、突然の解雇は面倒なことが起こることもあると聞いていましたので、周りの人の忠告に従って、「自分の理由で退職」との一文にサインをしてもらい、使用人部屋から2日後に出ていきました。

其の後が「しろ」の散歩など、急に忙しくなりました。親しいインド人がすぐに2時間のパートの女性を送ってきてくれました。 3人の子持ちの若い女性で、テキパキと言われたことだけをします。ただ英語ができないので、身振り手振りと片言のヒンディー語でコミュニケーションをとっています。犬の散歩と日常の食事作りは自分たちでします。洗濯は全自動を購入して、干すことだけを2時間のパートの人に頼んでいます。親しいインド人の家から簡単なインド料理の昼食の弁当が届きます。

今日のお弁当 チキンカレー、インド風煮物、チャパティー
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実はキランがいる時は楽でしたが、気を使ってのんびりできない面もありました。しかし今回は朝8時から10時のお手伝いさんが帰ってしまうと自分の時間でのんびりできます。これもいいものだと今は思っています。


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